第一話◇脅迫状は招待状

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第一話/八. 「コーヒーでいいですか?」 「ええ、大丈夫」  伊豆中さんの返事を聞いて、お湯をわかしはじめる。ティーカップとお菓子を用意する間に、亜澄くんが彼女を椅子に座らせた。 「この封筒、あなたがオレのポストに入れたもので間違いないですか?」  探偵事務所のオフィスに入る前にポストから取り出しておいた白い封筒を机の上に置く。 「……そうよ」 「開けますね」  ハサミで封筒の端を切り、中から紙を取り出した。パラ、と開くと、そこには新聞の切り抜き文字で“結婚式をやめろ”。 「……これも、あなたが?」 「……だとしたら?」 「オレたち、三佐東さんのもとに送られてきた脅迫状の送り主を調べているんです。お預かりした四通目の脅迫状とこれの共通点を探してみましょうか」 「亜澄くん、これ」 「はい」  亜澄くんを呼び寄せて四通目を手渡す。もちろん、コピー。もしその場で破かれたらかなわないから。 「一緒に見ましょうか。この脅迫状と、これ」 「……片方は私が作ったけど、もうひとつは違います」 「そうですかねぇ。切り抜き文字の感覚、同じだと思いません?」 「いちいち定規で測るわけないでしょ。こういうのはルーズリーフで……」 「……ルーズリーフで?」  墓穴をほったことに気付いた伊豆中さんは分かりやすくかたまってしまう。ケトルの音がして、お湯がわいたことを知らせる。私はコーヒーをいれると、トレーにのせて、伊豆中さんの前へと運んだ。 「……伊豆中さん。さっき、亜澄くんが言ったように、話を聞きたいだけです。私たちは警察じゃない。でも、私たちが警察へ情報を引き継げば、時間の問題かも」 「それでいいんですか?」 「それは…………」 「……、たぶん、ですけど。こういうのを始めたのはここ最近なんですよね。前からやってたらもっと早くに問題になってる」  優しく話しかける亜澄くんの横に私も座る。  そろそろ所長が帰ってくる時間なんだけどな。このまま二人で最後の仕上げを始めたほうがよさそうかも。 「ある程度、調べたんです。津島さんと三佐東さん、お二人と同級生なんですよね」 「……そう。そうなの。高校生のとき、好きだったの。津島くんのこと」  ニセカップルとしてプライマリーロマンスに行った日に聞いた伊豆中さんのコイバナ。津島さんがその相手だった、ということは、十中八九、これは……。 「悔しかったのよ。私も同窓会で会ってたのに、あの二人はあっという間にいい雰囲気になって最後には私が……私が働く式場に来て、結婚式を……。しかも、聞いたら、他の子から私があそこで働いてるって聞いて来たっていうのよ。わかる? 見せつけに来たの。悪趣味よ……」  辛そうに吐き出して、はぁっと息をつく。 「それで、ちょっと懲らしめようとして……送ったの。投函したらすぐバレると思ったから、わざわざお家まで行ってあげたのよ」 「……分かりました。では、このことを報告させてもらいます。亜澄くん」 「うっす」 「ちょっと待って、報告って、誰に?」 「依頼主の津島さんと三佐東さんです」 「あ、もしかして式場の方がいいですか?」 「それ脅しになるんじゃないの?!」 「いや、脅したのは伊豆中さんでしょ……」  思わずぼやいてしまう。意地悪で言ってるわけじゃないんだけどな。 「……式場には、言いません。警察にも。あくまでも、依頼主に報告するだけです。そのあとどうするかは依頼主次第です」 「私たちも仕事なので、こればっかりは」 「……はぁ。そうよね。私だって、仕事でやってたはずなのよね……」 「伊豆中さん。あの日、私が話したこと、覚えていますか? 私も同じだって話したこと」 「え? ええ……そういえば」 「本当に同じなんです。私も、高校生のときの好きな人が結婚することになって、結婚式に招待されていて……でも返事、できなくて」 「奏センパイが式場の名前知ってたのそれが理由ですか?」 「半分あたってるけど半分違うから黙ってて」 「はーい」 「……ゴホン。それで、私が伊豆中さんと同じ立場だと、悔しいって思うの、同じだと思うから。さすがに脅迫状は送りませんけど……」 「……もう、いいわ。降参します。報告でもなんでもして。私が悪いの。悔しがるだけで、前を向けないから……」 「……私が言えることじゃないですが、これから前を向いたらいいんじゃないんですか?」 「え?」  私と伊豆中さんの目が合う。その目は疑うというよりも、驚いたようなものだった。 「脅迫状を送ったのは、よくないことだけど。かろうじて、ここで踏みとどまれたのは幸いだと思いますし。とりあえず、コーヒー飲んだらどうですか?」 「……そうね、いただくわ」  微笑む伊豆中さんは、コーヒーカップを口に運ぶ。私と亜澄くんは顔を見合わせると、どちらともなく笑い始めた。
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