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序章
空気が張り詰めていた。
声を発するのはもちろん、身じろぎから鳴る衣擦れすら憚られるようなほどの鋭利な空気が空間を満たしている。もはやそれは、漂う微小な埃までが地に落ちるのをためらうほどと言えるかもしれない。
そこは教会だった。規模からして聖堂とも呼ばれるそこは、それを建造した宗教が現代よりも遥かに巨大な権力を有した時代に建てられたものである。天井は細部が見通せないほどに高く、そこに至るまでの壁面は優美かつ繊細な彫刻に彩られ、その全てはここがいかに財と時間をもって建てられたのかを如実に物語り続けている。
最奥には豪華な祭壇が設けられていた。敷設された布――おそらくは最上級のシルクであろう――には絢爛たる刺繍が施され、更には聖遺物を模したものであろう金器、銀器が備えられている。中央部には宗祖を象った像が祀られ、それを仰ぎ見るように見上げた奥には細緻かつ多彩色なステンドグラスが壁一杯にはめ込まれている。
数世紀の昔、持ちえた財を誇示せんばかりに仕上げられたこの聖堂は、翻っての現在ではかつての栄華を示す貴重な文化遺産となっていた。
だが今、本来ならば開け放たれているべき正面の大扉は固く閉ざされ、それこそ建造当時の時代背景を偲ぶためにのみ残されていた閂までもが通されている。
なぜそんなことになっているのか?
その答えは、祭壇へとまっすぐに続く深紅の絨毯の先にあった。
黄昏の山の端よりも深い緋色地に、両端を金糸で縁取られた絨毯の上で一人の少女が祭壇に向かって跪いている。
美しい少女だった。
純白の礼拝服に身を包み、深く垂れた頭(こうべ)からは、胸元で組み合わされた両手に向かって艶めく金色の髪が流れ落ちている。祈りのために閉じられた双眸も、開かれればまるで海を写し取ったかのような蒼玉もかくやと言わんばかりの瞳がたたえられている。
そこには、贅を尽くした聖堂の誇る美しさすら陰ってしまうほどに清らかな、それでいて未だ成人足り得ない少女だからこそもつ未完成な美が、息も飲まんばかりの静謐さと同居していた。
彼女は聖女と呼ばれていた。
初めにそう呼んだのは誰だったのか? それでもしかし、彼女を目にした誰もが疑いの余地はないと思えてしまう――それほどまでに、彼女は聖女として相応しすぎた。
聖女は囁くように祈りの言葉を紡いでいる。その祈りが聞き届けられるのかどうかは神のみぞ知るところなのだが、それでも叶うと信じるしかない。
なぜなら今、聖女には銃口が向けられているのだから。
「なあ聖女さんよ? そろそろお祈りは終いにしてくれねえかな?」
不精髭をたくわえた男が銃口を向けたままにそう言うと、それにつられて聖堂内の方々から下卑た笑い声が上がる。
聖堂内には十二人の男がいた。皆一様に自動小銃を肩掛け、それ以外にも拳銃やナイフなどで物々しく武装している。各人の武装は統一されておらず、それでいて使い込まれた感があるあたり、どうみても正規の軍隊ではない。おそらくは所轄、武装勢力やテロ組織などと形容される一団に類する者たちなのだろう。
男たちの銃口が向けられているのは聖女だけではない。
ざっと三十人ほどであろうか? 祭壇に向かって左側の壁際に、国籍や人種もばらばらの人々が集められている。一様に膝を付き、そのうえで両腕を後ろに回した状態で縛られている。ご丁寧にも集団の両脇には見張りであろう男が一人ずつ立ち、目を光らせている。
「俺らとしちゃ聖女様だけいてくれればいいんだ。この意味、わかんだろ?」
もし誰かが逃げ出そうと、どころか反抗的な態度を見せただけでも、男たちは容易に引き金を引くだろう。この場において、彼らの命はそれほどまでに軽い。
あるのはただ、絶望だけだった。
その少女は、皆と同じように後ろ手に縛られた状態で蹲っていた。
ただ唯一違う点があるとすれば、この絶望に支配された場においても、少女の目は生気を失っていなかった。従順に捕まったふりをしつつも、冷静に状況を見つめている。
少女が冷静でいられるのは、なにも楽観的な思考の持ち主だからというわけではない。むしろ、この場の誰よりも現実的に思考を巡らせている。
少女には力があった。それは借り物の力ではあるものの、少なくとも武装集団の男たち数人程度――例え銃を持っていようとも――に劣るものではないし、限定的ではあるが全力を開放すれば、この状況を打開することすら可能だろう。
だが、まだそれを使うべき時ではない。少なくとも本質を見極めるまでは。
貸し与えられている力の一つとして、五感を含む身体能力の強化がある。なれば当然聴覚も常人とは比較にならないほどの感度まで高めることが可能であり、例えば少女の場合、条件が揃えばおおよそ二百メートル先の会話すら聞き分けることできた。
なにか情報源足り得るものはないだろうか? そうして視線を巡らせたとき、ふと今も頭を垂れた聖女が目に留まった。いや、後の結果から言えば、留まってしまったというべきか。
聖女はこの状況下にあっても、この場が男たちに占拠されてから向こう、祈りの言葉を唱え続けている。もっとも、少女のいる祭壇脇にその声は届いていないし、ともすればその背後で銃口を向けた男にすら聞こえていないのかもしれない。
だが、もしかしたらと少女は考える。
自分の耳であれば、何か聞き取れるかもしれないと。
聖職者が神に向かうとき、それは聖句によって紡がれるという。
その発祥は宗祖とその高弟達が用いていたある種の合言葉であったといわれ、そのため聖句は当初、十数個の単語を表すものしか存在していなかった。
だが数百年前のある時、大変革を迎える。宗教戦争の勃発である。
ごく限られた聖職者しか知りえなかった聖句は、戦時下にあって有用な暗号の一つとして用いられるようになった。そののち暗号としての高性能化が求められるに従い聖句は体系化が進み、ついにはどの言語体系にも属さない独自言語の一つとして完成するに至る。
以後、聖句はその成り立ちもあって公には存在を秘匿されたが、それでいて発祥起源に於いては大変に尊いものであるともされ、結果として今でも神に捧げる言葉として用いられ続けている。だが、今の時代においてもその機密性は大変に高く、公にはもちろん、高位の聖職者以外では学ぶことすら許されていないという。
その聖句を、聖女は唱え続けていた。
自己強化を施した聴覚にてそれを聞き取った少女は、同時にその意味も理解する。
しかし、なぜ聖職者でもない少女にその意を訳することができるのか? 否、少女は訳することなどできない。それでも、わかってしまうのだ。なぜなら、それもまた少女の能力の一つであったからに他ならない。
自動翻訳と少女が呼んでいるそれは、その力を貸し与えている者曰く「言葉を発するということは、そこに伝えるべき意思があるということだろう? ならば意思そのものを読み取ってしまえばいい。所詮言語というものは、それを伝える手段の一つに過ぎないのだから」とのことだった。論理の飛躍も甚だしいものなのだが、既成事実があるので反論も難しい。その結果として、少女はそこに根拠を求めることをやめた。ある種の開き直りであるともいえるだろう。
そして今、その力があったばかりに、少女は絶句することとなる。
なぜなら聖女が紡ぐそれは祈りなどではなく、あろうことか口に出すのも憚られるような罵詈雑言の雨あられであり、それを都度途切れることなく唱え続けている。
聖母の生まれ変わりとまで謳われる身姿から吐き出される、無数の罵倒に怨嗟の言葉。生きる上での殺生もかくやと言わんばかりの聖女にあって、しかもその全てを聖句にて繰り出すのだから、あれで聖女というのは相当に捻くれているのかもしれない。聖句であるが故に意味を悟られないとはいえ、今の状況を鑑みるに、恐ろしいまでの肝の太さであるともいえるだろう。その点においては、さすが聖女だけのことはあるといったところか。
図らずも知ってしまった聖女の秘密に、少女はため息をつく。それから天を仰ぎ、あいつは今の状況をどう思っているのかなと考える。
これだけの事件だ、気づかないはずがない。そのうえ悔しいことに少女とあいつの間にはパスが繋がっているのだから、疑いようもない。
あいつは今、どこにいる? きっと近くにいるのは間違いない。他でもないパスが、少女の側にもあいつの存在を感じさせている。そして、待っているのだ、駆けつけるべき絶好のタイミングを。
なぜならあいつは、ヒーローなのだから。
同時刻、件の聖堂を見下ろすビルの屋上に若い男の姿があった。
黒髪が風に揺れ、覗いた顔立ちは西洋系とも東洋系ともとれるものだが、まるで絵画の様に整っている。それでいて服装は黒のレザージャケットに色落ちしたジーンズ、そしてエンジニアブーツとラフなものであり、またそれが似合ってもいた。
そんな男が今、高さ百メートルはゆうにあるビルの屋上のへりに片足をかけては聖堂を見下ろしていた。「これはなかなか、どうして」などと呟きながらも、表情はどこか楽しげですらある。
「どうしてこう、あいつはいつも巻き込まれるのかね?」
呆れたように笑うと、男はへりにかけた足をそのままに踏み込み、ちょっとした段差を飛び超えるかのような気楽さで、そのビルから飛び降りた。
「おい、そろそろ時間だぞ」
入り口付近に立つ男が声を上げると、それを受けてリーダーと思しき男――聖女に銃口を向けている――が他の男たちに目で合図を送る。すると、男たちが腰だめに構えた小銃を一斉に人質たちに向ける。
いよいよか――少女は向けられた銃口に唇を噛む。飛び出すタイミングに合わせて能力を発動できるよう、一度は緩んだ意識を引き戻す。
男の伸ばした手が聖女の肩に触れ、少女が能力を発動させる――その寸前だった。
場の空気そのものを打ち砕くような破砕音とともにステンドグラスが砕け散り、破片が祭壇に、聖女の周りに降り注ぐ。
「な、なんだ! いったい何が――」
言いかけた男は、その先を言い終えることなく一撃のもとに倒れ伏す。
騒然とする場あって、少女は冷静だった。やはり来たか、と。
ステンドグラスのなくなった壁面からは天使の梯子の如く陽光が差し込み、その光芒を背に受けた男は、聖女を守るかのように立ち塞がる。
「何って、ヒーローの登場に決まっているだろ?」
これ以上ないであろう決め台詞と揺れる黒髪に、少女はただため息をつくしかなかった。
「よう、無事か?」
「無事もなにも……」
周囲の惨状を見渡し、少女は言葉を飲み込む。気絶したリーダー格の男と、それを成したあいつへと向けられた銃口に、砕け散ったステンドグラス。
少女は両腕にグッと力を込め、力任せに拘束を解く。
「ねえ、絶対もっと早く来れたよね?」
上目遣いに問い詰めるも、当の本人は「さあね」と嘯くばかり。
「いつだってヒーローはギリギリのタイミングで現れるのさ」
ああ、これだから嫌になる。ちなみに聖女はというと、相も変わらず跪いては祈り――に見せかけた呪詛の言葉を唱え続けており、見ればその眼前数センチのところには、一辺で三十センチはあろうかというガラス片が突き立っていた。さらに耳をすませば、小声で「ぶっ殺すぶっ殺すぶっ殺す」と繰り返すそれは、もはや聖句ですらない。
「ねえ、どうすんのよ? それ」
もはやそれ扱いとなった聖女にも、あいつは「さあ?」とだけ首をかしげる。
「聖女様を助けるのも大事だが、今はそれよりも、だ」
「それよりも? ねえそれって――」
言いかけたところで、聖堂内にバタタッと銃声が響く。
「おい! なんだてめえは! ぶっ殺されてぇのか!」
一人がそう叫び、他の男たちも口々に喚きたてつつ銃口を向ける。だが、それでもあいつは慌てない。どころか鼻で笑うと、男たちに向かって、すっと手のひらを向ける。
「やめとけよ、俺に銃はきかない」どこか煽るように。「試してみるか?」
「この野郎! なめやがって!」
男たちが引き金を引こうかという寸前、それは起きた。
「やめときな、その男の言う通りだよ」
ふいに響く女性の声。
いったい誰が? 少女はすぐさま周囲を伺うも、それと思しき女性は見当たらない。それでもしかし、あいつはニヤリと笑う。それから指を立てて少女に上を見るように促すと、自分もまたゆっくりと上を向く。
「来やがったぜ」
あり得ないことだった。
少女の見上げた先に雪が舞っているのだ。そこに再び響く女性の声。
「私が出る予定はなかったんだけど、まさか同類のお出ましとはね」
どこから生まれ出でてか雪は密度を増し、それは不自然に渦巻いては、聖堂の正面扉の前に収束していく。
その渦がまるで白い糸の束ほどに濃くなったかと思うや、目もくらまんばかりの閃光とともに弾けるような突風が吹く。
少女が思わず顔を背け、再びそこに視線を戻したときには既に白い渦はなく、代わってそこには、輝く銀髪と雪の様に白い肌をたたえた妙齢な女性が立っていた。
「待たせたわね、同類さん」
淫靡な笑みで女性が言う。
「あいにくと見も知らないあんたに同類呼ばわりされる筋合いはないんだけどな」
「よく言うよ。その力、どう考えたって人間じゃないだろう?」
挑発的に浮かべられた笑みに、少女は目を奪われる。女性の笑みはそれほどまでに美しく、だが、酷く冷たくもある。
「ねえ、あの女の人って――」
「ああ、間違いない」
すべてを訊くより早くにあいつは頷く。そのやり取りの間にも女性は両手を広げ、その直後、銀髪が不自然に浮き上がっては広がっていく。また、身に着けた紫紺のイブニングドレスの裾も同様に浮き上がると、端から白く凍り付いていく。
裾は見る間に凍り付き、続いて周囲がキラキラと輝きだす。
「あれは……」まさか「ダイヤモンドダスト?」
「いや、そんな生易しいもんじゃない。空気中の水分どころか、空気そのものを結晶化してやがる」
言われて少女はハッとする。ダイヤモンドダストであれば氷点下十度程度から発生するが、空気そのものとなれば、その数字の桁が違う。ざっと見積もっても、既に氷点下二百度以下ということになる。
「さしずめ絶対零度の女王様といったところか」
その呟きが聞こえてか知らず、女王と呼ばれたそれが不敵に笑う。
「我が名は氷の女王。時すらも凍り付く我が吐息、とくと味わうがよい」
女王が名乗り、と同時に痛みを伴うほどの冷気が吹き抜けていく。
そんな中、少女の目の前であいつが女王と向かい合うように進み出る。
「悪いが女王様、あんたの思い通りにはならねえよ」両足を広げ、右手で強く胸を打つ。「この俺、超人シューゲイザーがいる限りはな!」
天を衝く様に右腕を掲げると、瞬間そこに光が生まれる。たちまちに収束したそれは手首に輝くリングとなり、次いで力強く握られた右手はまっすぐに振り下ろされ、眼前に九十度折り曲げられては、左手を勢いよくリングに組み合わせる。
「いくぜ! 衛星武装!」
高らかに言い放たれた言葉とともに光は溢れ、その刹那に弾けていく。
衛星武装。それは、超人シューゲイザーの戦闘武装である。
正義の意思の具現として放たれた光は星を超えてなお加速し続け、光子からタキオン粒子へと変位する。光速をも超える粒子は相対性理論によるところの非可逆性を持つ時間すら圧縮しながらに宇宙の闇を突き進む。
目指す先はオールトの雲、遠く遥か太陽系の果てである。然る後に辿り着いたそれは恒星系の持つ未知の――彼らにとっては既知の――エネルギーを全天方位より集め、舞い戻る。
全てはそう、超人シューゲイザーの秘めたる力を体現せしめるために。
切られた火蓋に超人シューゲイザーは、果たして今もポーズを決めた上で、人の姿のままに立ち尽くしていた。
「ねえ?」思わず訊ねる。「なんで変身しないの?」
「変身じゃない、衛星武装だ」
間違えるなよ? 微動だにしないまま視線だけで問い詰めてくる。
「うん、じゃあその衛星武装はいつ発動するの?」
「発動ならもうしている。今も俺の意思を乗せた粒子が全天に散らばり、俺を俺足らしめるべくエネルギーを集めているところだ」
「それはつまり、大見得切って発動したものの、いまだ完了はしていない。そういう理解でいいのかな?」
「大見得とは失礼な奴だな。あれはヒーローの矜持、無くてはならない様式美だ」
そう語る間にも、あいつは決めポーズをピクリとも動かさない。彫刻か、もしくは間接に針金でも仕込んでいるのかと思ってしまうほどに。
もはやため息の一つでもつきたいところであったが、あいにくと目の前の女王がそれをさせてくれない。
「超人シューゲイザーが何者なのかは知らないけど、私の姿を見たからには生かしてはおけないからね、二人仲良く氷の彫像に仕立ててあげるよ」
女王が真っ赤な唇の端をクイと持ち上げる。すると、その手のひらに目で見てわかるほどの力が収束していく。大気は急激に熱を奪われ、まるで張り詰めたワイヤーの様にキンキンと悲鳴を上げる。そして、白い靄が生まれたかと思うや、その中心からまるで葉脈が走るように大気が結晶化していく。
「ちょ! あれ絶対ヤバいやつだって! ねえ、本当にそれいつ終わるのよ!」
「そうだな、おそらくは今頃冥王星を超えたあたりか……」
「いやそれ、絶対間に合わないから!」
少女が焦る間にも結晶は成長し、既に女王を覆い隠すほどだ。
「ならば、お前がなんとかしろ。それとも何だ? 俺が貸し与えた力は、あんなものに劣るとでも?」
挑発的な物言いに、少女は唇を噛む。
そう、少女にも力はある。しかし、目の前の超人とは違って生来の力ではないだけに、必ず勝てるという確信が持てないのだ。
だが今、やるしかない。
「止めは俺が刺す。それまで持たせればいい」
「わかった、そこまで言うなら、やってやる」
両手を握りこみ、その拳にグッと力を込める。
「何をしようと無駄さ。氷の女王の前に全ての事象は凍り付く! さあ、凍てつくがいい! 我が絶対零度の吐息によって!」
放たれるそこに、時同じくして少女は躍り出る。ベルトに装着したホルスターから淡く光る棒状のものを抜き出し、先端を勢いよくバックルに突き立てる。
「目覚めよ! 刹那の移譲!」
少女の叫びに呼応し、打ち合わされた接点よりビスマス鉱石を思わせる虹色の力場が展開される。力場は広がるや否やその形態を細かなハニカム構造へと変異させると、少女の全身を貼りつく様に覆っていく。そして、次の瞬きののちには全身を覆う深紅のスーツと、体の要所を守る白銀のプロテクターへと姿を変える。
「展開! バタフライシールド!」
少女が叫び、両手を広げる。広げた両手からは文字通り蝶の羽の様に光が放射され、襲い来る吐息を防いでいく。
「な! 防ぐだと! そんな馬鹿な!」
「馬鹿で結構! 悪いけど全力で行かせてもらうよ、何気にこの格好、めちゃくちゃ恥ずかしいんだから!」
どう見ても戦隊ヒーローそのもののいでたちとなった少女が叫び、構える。そして、構えを維持したままに、背後のあいつに問いかける。
「何分持たせればいい?」
「分などいらん。そうだな――三百秒持たせろ、それで十分だ」
「了解! それじゃせいぜい頑張って――て、それ結局あと五分てことじゃん!」
「ふむ、まあそうとも言うな」
「いや、自分で言うなよ!」
投げやりな言葉を最後に、少女は戦地へと駆けていく。
果たして戦いの結末や如何に? 少女に笑える未来は来るのか? そして、超人シューゲイザーとは結局何者なのか?
超常の力が今まさにぶつからんとするその時、彼だけはなおもポーズを崩さないのであった。
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