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誰もいない教室を見渡すと何とも言えないもの寂しさを感じる。四十人いたこの教室に今は一人。黒板の「卒業おめでとう」の赤文字がより一層、孤独感を突き上げた。
高校を卒業したら私は東京の大学に行くことになっていたが、もちろんそれは地球での設定だった。本当は自分の故郷である惑星に帰る。私の住んでいた星では、地球でいう高校二年生の年齢になると必ず別の惑星に留学しないといけないという決まりがあった。
ダントツで人気なのが地球。理由は美しいから、ただそれだけだった。
完全に表面的な部分だけだ。人間の性格だとか、戦争だとか、環境が汚染されているだとか、そんなことはどうでもよくて、海におおわれた青い地球が外から見ると実に美しかった。
暗くて広い宇宙のオアシスのように青く光り輝き、一度は触れてみたくなる誰をも虜にする毒性を持つ星。それが地球だった。
私が地球に来たのもそれだけが理由だ。あとのことはどうでもいい。人間の性格が悪かろうがどうせ一年の付き合いだし、戦争で滅びようが環境汚染で滅びようがどうでもいい。何なら人間が宇宙で生きていく方法は山のようにある。まだ開拓されていないだけであって、教えてあげることもできる。
高校三年生の一年間はとても有意義だった。体育祭、文化祭、修学旅行などの行事が盛りだくさんでどれも楽しかったし、人間の性格が悪いともいいとも思わなかった。好きな人は好きだし嫌いな人は嫌い。性格が合わない人も山のようにいたが、みんな気にせず生活していたので、私もそうした。
あと五分でこの教室に宇宙から迎えが来ることになっていた。グレーのブレザーの制服と卒業アルバムは、故郷に持って帰って思い出にすることにした。また来ようと思えばいつでも来られるわけだが非常に感慨深い。
「何してんの」
教室に突然現れたのは同じクラスの西くんだった。西くんは三年生の後半ずっと好きだった男の子で、彼も東京の大学に進学が決まっていたが、路線も全く違うので会うことはそうないだろうと、男女数人で集まったときに話したことを思い出す。そもそも会うことはもう、ほぼ皆無なのだけれど。
「帰る準備」
「どこに」
「宇宙」
「なるほど」
西くんは表情一つ変えなかった。たぶん、私が冗談を言っているのだと思っているのだろうし、本気にしてもらってもそれはそれでかまわないが、とにかく最後に少しでも会話ができることがうれしかった。
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