Ancient dinosaur sleeps calmly

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・・・ ・・・ ・・・ 「ねぇ風太郎、恐竜って言ったら何が思い浮かぶ~?」 「トリケラトプス!」 「返答早!今ウチの言葉にかぶせ気味で返答したでしょ」 「トリケラトプスとは白亜紀に生息していた恐竜の一種である。名前の意味は  三本角の顔。鳥盤目周飾頭亜目角竜下目ケラトプス科カスモサウルス亜科  トリケラトプス属に分類される中生代白亜紀末の北アメリカに  生息していた大型の植物食恐竜と言われている」 「やば風太郎スイッチ入っちゃった。こうなると面倒くさいんだよね~」 「同時代・同地域から見つかる植物食恐竜はほとんどトリケラトプスばかりである。  全長は約9m、推定体重は約5~9tでアフリカゾウと同じくらいで…」 「はいはいよく分かりましたよ~風太郎がトリケラトプス好きって事はとっても!」 「火恋は何て答えるか当ててみようか」 「いいよ当ててみ~」 「当たったら何でも一つお願い聞いて~」 「えぇ~?まっいっか」 よし! 「ずばりティラノサウルス」 「アタリ~」 よし! 「ティラノサウルス。学名はgenus Tyrannosaurusは現在知られている限りで 史上最大級の肉食恐竜の一つに数えられ、 地上に存在した最大級の肉食獣でもある。約300万年間繁栄していたが、 白亜紀末の大量絶滅によって最期を迎え…」 「もうええわ!ってゆうか何でわかったの?」 「だってそんなに恐竜詳しくなさそうだし見た目で強そうなの選びそうだし いろいろと似てそうだし単純だし短足だし・・・」 「うおぃ!最後の方、ティラノサウルスのことじゃなくてウチの悪口でしょ!」 「いやいやむしろ褒めてるんだよ?」 「どこが!」 「例えば似てるってとこだけど花恋は肉好きでしょ?」 「お肉大好きだよ~」 「ティラちゃんも肉が大好きで~お肉には栄養が豊富!タンパク質、  鉄分などなど必要な栄養素が摂取できるから健全な肉体が作られる。  健全な肉体には健全な魂が宿るっていうだろ?だからティラちゃんは能力の高さが半端ないんだよ。ティラちゃん半端ないって!」 タフさとか攻撃的な性格までそっくり、とは口が裂けても言わないけども。 「へえ?ってかティラちゃん言うな。それで」 「それで単純っていうのは複雑の反対語だよ?  花恋は複雑なのと単純なのどっちが好き?」 「そりゃ単純な方が分かり易くていいけど…」 「でしょ~シンプルイズベストさ!で最後の短足っていうのは…  短足だと立位体前屈の結果がとても良…」 「こらぁ!そんなんで納得するわけあるか~」 「ですよね~」 花恋が激おこぷんぷん丸に豹変してしまった為、お願い事はうやむやになってしまった。 クールダウンが必要だ。                *** 夏の熱気を増してしまうような怒気に扇風機のツマミを中から強に変えた。 この部屋にエアコンなんてものは、もはや存在しない。エアコンは3時間前に死にました。 ブオーという、けたたましい音を発しながら最後は線香花火のように潔く、うんともすんとも いわなくなり動かなくなってしまった。 空は透き通るような青さの中、白くもくもくとした入道雲が、それこそ白亜紀の恐竜のように でかでかと鎮座している。 青と白のコントラストがとても美しいけどその実、少しでも外に出れば、うだるような 暑さが容赦なく体と精神を襲う。 ワラワラワラワラワラ~ 決して精神を病んでいる訳ではない。 扇風機の前で花恋がワラワラしている。 怒気から放たれる熱気を収めるにはちょうどいいかもしれない。 「暑いよ~ワラワラ」 「暑いね~暑いときに暑いって言って涼しくなるなら、いくらでも言うけどね~」 「でも考えようによっては少し涼しくなってるかもしれないよワラワラ」 「どういうこと?」 「暑いねーって言って暑い空気を肺から吐き出して少しでも涼しい  空気を吸えたら涼しくならない?ワラワラ」 「その“少しでも涼しい空気を吸う”って所が難しいよね」 「だからこそ扇風機前を占領しているんじゃマイカ。ワラワラ」 「ここは南国ではありません。暑さ的にはいい勝負だろうけど」 「ワラワラ、ワレワレハウチュウジンダ」 「それ絶対すると思ったよ」 「なんか定番だよねワラ」 花恋がワラう。 「でも何で宇宙人なんだろねワラワラ」 「わからん~」 花恋とたわいない会話をしながら出かける準備をする。 「こんなんでハローワークとか行きたくない~」 「こればっかりはしょうがないね~無職さん☆」 日が照り暑い中、ハローワークに行こうものならぼくが恐竜のように絶滅してしまう。 それでも花恋の言う通り、次の職を探さなきゃならないんだよな~と思いながら 気の乗らない自分を奮い立たせる。 「行ってらっしゃいワラワラ」 「行ってきま~す」 気のない返事をして、出かける事にした。                *** 今から行こうとしているハローワークは都市部にあるので、田舎から通うには少し面倒くさい。 駅と直結になっている為、一見利便性が良いように感じるが、駅が近くにないぼくみたいな 地方から来る者には不便で、かと言って車で来たとしても備え付けの駐車場もなく コインパーキングに停めても割引券さえないので駐車場代が馬鹿にならない。 職探しに来ているのに、お金を支払わなければならないのは無職には相当堪える。 ホント何を考えているのだか。 という事でぼくは自転車で来た。家から2時間近くかかったけど、今は無職なので時間は あるし運動不足のぼくにはちょうどいい。暑さは半端なかったけれど。 ハローワークの中に入ると館内は空調が効いていて涼しかった。ぼくの家とは雲泥の差。 「ここは天国ですね」 さっきまでぶつくさ文句を言っていたことなんか忘れて涼をとる。 ひととおりクールダウンも済んだところで、さて職でも探しますかと求人ブースに向かう。 PCと向き合いながら、ひとつひとつ求人の中身を確認してゆくが、これと言って自分が したいと思う求人は見当たらない。 「ぼくは何がしたいのかな」 自分の天職というものが簡単に分かったら、どれだけ楽だろうと思う。 しかし、そんな簡単に分かる魔法のようなものなんかなく、答えはいつも自分の中に しか存在しない。自分の中にある答えはきっとマトリョーシカのように 幾重にもなっているうえ、その全てに鍵がかけられているのかもしれない。 それでも手探りとトライアンドエラーを続けながら、中心までたどり着くしかないのだろうと 取り留めのない事を考え、気が付くと既に3時間が経過していた。 窓の外に目を向ければ日が傾きかけている。 そろそろ帰ろう。 外に出ると花恋が居た。 「何してるの?」 「そろそろ出てくるかなと思って待ってた」 「ここまでどうやってきたの?」 「私も自転車でね。買い物とダイエットがてら」 と言いながら笑顔をみせる。 「そんなダイエットってほど太ってもないでしょ~」 「はっ?!そんな都合良い事言っても何も出ないんだからね」 思ったままを言っただけなんだけど…そんな反応しなくても。 「せっかくだから一緒に帰ろう」 「うん」 自転車を押しながら、家への道を二人で帰る。 日が傾き、日中の殺人的な暑さも少しだけ和らいできている。 「“私は貝になりたい”って言ってた人がいる気がするけど、ぼくは恐竜になりたい」 「何よ突然?!“私、梅干しの種になりたい”って言いだした姪っ子を思い出しちゃったわよ」 「あ~よくあるよね!ぼくは好きだな!そういう奇想天外な発想」 「あるね。ダンゴムシになりたいとか」 「そうそう!ダンゴムシはまだ分かるけど」 「分かるんだ・・・」 「ダンゴムシは生き物だし、きっとその子はダンゴムシが好きだからでしょ」 花恋はうへーって顔をしている。虫が嫌いらしい。 「それに比べると“梅干しの種”は面白いね!もはや生き物じゃないし  梅干し自体じゃなくて、種だからね種!種って!」 自分で話しながら梅干しの種の話に高揚しているぼくをなだめるように花恋が話を続ける。 「それはそうと話を元に戻すけど、何で恐竜になりたいの?」 「だって恐竜には仕事とか駐車場代がどうとか関係ないじゃん」 「そりゃそうだろうけども…」 花恋はひととき考えてから言葉を発した。 「恐竜になったら絶滅しちゃうよ?」 「ぐぬぬ…」 思い付きで放った言葉に返す言葉もございません。 「恐竜は無理でも恐竜博士にはなれるかもよ」 「恐竜博士?」 「恐竜博士っていうか研究者とかいいんじゃない?  だってあんなに色々なこと知ってるじゃん」 「あれは偶々だよ。恐竜は好きだし」 「偶々でも、私にはあんな風にすらすらと図鑑とか辞書みたいな知識は出てこないから」 自分にとってはどうでもないちっぽけな事でも、ほかの人からしたらスゴイって思える事 あると思うな私は、と空を見上げながら花恋が応える。 「そうなのかな~?」 研究者なんて考えたこともなかった。 「“好きこそものの上手なれ”だよ」 ん?と数瞬考えて、これはセンシティブな問題だから今度考えることにしよう!という 結論に至った。 このダメ人間!っと自分で自分に突っ込みをいれ、いやいや楽天家なんです。と擁護し 話題を変える。 「ところで花恋、自転車漕いで少し痩せたんじゃない?」 「ほんと?」 少し嬉しそうにぼくに聞く。 「もうガリガリ!」 … … … 「ボケ茄子!!」 「ボケ茄子?!最近めっきり聞かない言葉が出てきたぞ?」 言葉の加減って難しい、今のはわざとだけど。 「茄子を悪く言うな。茄子は体に良いんだぞ!ナスの皮には  特有のポリフェノールであるナスニンが豊富に含まれており、  強い抗酸化力と眼精疲労の緩和にも効果があるとされているんだぞ!  ナスニンは皮に含まれる為、極力、皮を残して調理してね☆」 「最後のほう、誰に向かって言ってるの」 花恋は怒りを通り越して、少しあきれているご様子。 「茄子を悪く言ったんじゃなくて風太郎の事を言ってるんだよ」 「分かってるよ。でも花恋の“ダイエットしなきゃ”っていうのは必要ないと  思うよ?それこそ皮だけのガリガリになっちゃうよ。今がベスト!」 キレイとか可愛いとかって言葉は思っていても絶対言わない。調子に乗っちゃうからね。 花恋は“今がベスト!”って箇所に落としどころを見出したようで、話題は茄子に移った。 「ところで茄子って何でなすとなすびって二つ言い方あるんだろう」 「わからん~」 「何でも知っているんじゃないんですか。先生!」 「何でもは知らないわよ知ってることだけ」 「何故女子風?」 「分かる人だけには分かることだよ。ふっふっふっ!」 と言いつつ、にやっとしてみる。 「それは分からないけど茄子ってカリウムが豊富に含まれてて、  体の熱を逃がす働きがあるから夏バテ解消にはもってこいらしいよ?」 「へえ今日とか暑かったもんね~」 「そうそう!エアコンが使えない夏ってもう終わりだよ?」 夏の快適生活終了のお知らせです。 「早くエアコン直さなきゃマジ死んじゃう」 「明日、修理してもらうからそれまでの我慢ですなっ」 はっはっはっと乾いた笑い声を出してみる。 ふと昼に獲得した、お願いを聞いてくれる権利の事を思い出した。 「そう言えば一つお願い聞いてくれるんだったよね?」 「まだ覚えてたの?」 「お願いを聞いてくれるなんて魔法のランプみたいなもの、忘れるわけないじゃん!」 「何かとんでもない事お願いする気じゃ…それで?」 どんなことをお願いされるか分からない花恋は怪訝な顔をしているが、 もう何をお願いするかは決まっている。 「茄子茄子言ってるから茄子食べたくなってきちゃった。夏バテ予防も兼ねて今日の夕飯は麻婆茄子にしよう」 花恋が笑う。 「なぁんだ~そんな事?お安い御用よ」 「やったね~ってお安い御用って笑」 麻婆茄子!麻婆茄子!! 「それじゃ茄子買わなきゃ。スーパー寄って帰ろうっ」 エアコンが壊れた夏のとある一日。 なんてことはない日常の中での、ひと夏の想い出。 何をしようか迷いつつも、見上げた空は朱色と白を絶妙に混ぜながら鮮やかながらも哀愁を感じさせるグラデーションを作り出していた。 そんな夕暮れる美しい空の中に、 今はもう絶滅してしまった大きな恐竜の姿を見た気がした。 完
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