余生の猫

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ずみが生きてるのは、たくさんのたくさんの奇跡の重なり。 『ここから先はぜんぶ余生です。』 生後半年の手術は麻酔注射さえ危険で点滴麻酔で大騒ぎしたのよ。その時に、お髭の獣医さんは言ったわ。明日さえわからない()だと。 二メートルの高さをワンジャンプでひらりとふうわりと羽根があるように飛ぶずみ。 開け放った窓から歩き出して真っ逆さまに落ちていったおばかなずみ。 グレイと戦ってはボッコボコに撲られるずみ。 グレイの抜け毛のついたブラシと戦って逃げるおばかなずみ。 不安で全身びしょぬれになるまで躰を舐め続け禿げあがっても震えて部屋の隅で怯え暮らしてたくせに、病院に着いた途端、意気揚々と甘えだし翌日からケロリと回復した人騒がせなずみ。 みんなにつきまとって怒られるずみ。 お気に入りのリボンを咥えたら離さないずみ。 寝ている間ににごはんをぜんぶデメに食べられてたわね。 毛繕いはいつもシロコさんかデメにしてもらうのよね。 ずみはもう高く飛ばない。リボンを咥えない。毛繕いはへたなままで、近頃は見えてなくてウエットフードに鼻から突っ込む。だから毎日鼻の上が茶色いの。 でも今日は大声で鳴いて彷徨っても大丈夫。お盆で帰ってきた誰かにリボンを咥えて遊びを誘ってひょいとベッドにとびのる。甘ったれの、いつまでも仔猫気分のおじいちゃん猫は座るワタクシを踏みつけよたよたと。尻尾をゆらゆら揺らして歩いていく。 ずみは生きてるのが不思議な猫で、この先はぜんぶ余生と宣言されてしまった。別れを最初から覚悟していたずみだから、明日を覚悟して向かい合うずみだけは、成り代わらない猫。ワタクシの初めての、ただの大事な飼い猫なの。
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