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第一夜 捨てた死体
高梨悠斗は、ホストである。
剃り込んだ金色眉毛、青のカラコン、毛先を遊ばせた金髪はホストっぽいが、今は汗びっしょりでへたっている。
ヒゲは脱毛したので、男と思えないほどつるんとして滑らかな肌をしている。
その肌にも玉のような汗が流れている。
夜の店には色黒より白い方が映えるから、悠斗は焼かない。
群青色のスーツに白い開襟シャツ。ブランドの革靴。
夜のネオンが似合う容姿の彼だったが、たった今、人を殺した。
それも山の奥深くで。
遥か下の岩場に女の体が転がっているのを目視できる。
先ほどまでそばにいた女で、悠斗が首を絞めて突き落とした。
本人もまさかこんなところで死ぬとは夢にも思わなかっただろう。
「大丈夫。オレがしたことは、誰にも知られることはない。死体が見つからなければ、捕まることもない」
それを狙って、こんな山奥までわざわざ来たのだ。
死んだ女の名は稲城杏。三十二歳。
どこぞの一流企業のエリート社員だった彼女が、たった一回ホストクラブに来ただけで高梨悠斗にはまり、コツコツ貯めたお金とせっかく買ったマンションと、それだけでは足りずに会社を退職して得た退職金までつぎ込んで、思い通りにならないと分かるとわめき、金を返せと脅し、他の客や店に迷惑を掛けてきた。
確かに悠斗は、好きだ、愛している、とささやき、施設育ちで頼れる実家もないと悲惨な境遇の身の上話をしたが、これらは全て会話を盛り上げて客を楽しませるためのビジネストーク。
施設育ちではなく、実家はあり、両親も健在である。
それを本気にして高い酒を注文し、誕生日パーティーに高級外車をプレゼントしてきた。
受け取るのはホストとして当然の報酬なのに、騙した、騙されたと騒いで、渡した金を返せと言ってきた。
あまりにうるさいのと、搾り取るだけ搾り取ってカスしか残っていない客に価値はないので、山に誘って崖から突き落として殺すことにした。
山なら発見まで時間が掛かる。
首を絞めた痕や窒息の痕跡が見つからないように、死因の特定が困難となる白骨化まで時間が必要。
そこまでいけば、もし警察に疑われても、むこうが自ら飛び降りたのだと自殺を主張できる。
杏がピクリとも動かないことを確認する。
悠斗は、自慢の靴が乾いた泥で白くなっていることに気付いた。
家に帰ったら念入りに磨かなくてはと、人が死んだことよりも重要に考えていた。
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