第一夜 捨てた死体

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高梨悠斗は、山と海しかない田舎で普通のサラリーマンの父親と専業主婦の母親の家庭で育った。 都会への憧れが人一倍強かった彼は、高校卒業後、進学せずに単身上京。 普通に就職しても高卒の給料では物価の高い東京でたいした生活が送れない。東京で暮らすなら、華やかに生活したい。その点、ホストならいい生活ができるはずだと信じてその道に進んだ。 何のあても伝手(つて)もなかった。 片っ端から目に付いたホストクラブに連絡して面接を受けまくった結果、新宿の中堅店に採用された。 新人の給料など微々たるもの。 タコ部屋のような寮に押し込まれて、思ったような生活は送れなかった。 冷蔵庫の食べ物を食べられただの食べただの、財布の金が減っただの、ホストの髪には必需品であるドライヤーが消えて、近所のリサイクルショップで売られていて、盗ったのは誰だだのと、しょうもないトラブルが続いてうんざりした悠斗は、すぐに安いシェアハウスに移った。 そこでも似たような奴らが住んでいて、似たようなトラブルが起きて、まともに働かない奴らは、ホストなら金を持っているんだろうとたかられた。 状況は悪化するばかりだったが、悠斗は逃げ出さなかった。 いつか成功してこんな生活を抜け出してやると、逆に闘志を沸かせた。 踏ん張って働いていたところに現れたのが、杏だった。 正直、かなり助かった。 杏の力でナンバーワンにもなれた。 ナンバーワンになると、店の入り口の一番目立つ場所に大きな写真が貼られる。目立てば指名客も増える。 ホスト業が軌道に乗った悠斗は、シェアハウスから高級マンションに引っ越した。その金も杏が出した。 渡された時は何も言われなかったが、同居したいと言われて断ると、自分のマンションを売って工面したとなじられた。 あとから知ったところでどうしようもない。 毎晩やってきて部屋に入れろと騒ぐから、すぐマンションを追い出された。 そのころから、こいつはヤバいと杏に対して感じ始めた悠斗は遠ざけるようになった。そうなると、さらに粘着される。 今回の引き金となったのは、他の客に迷惑を掛けたことが原因だ。 店で飲む金さえ出せなくなった杏は、外で待ち伏せ。客の見送りで出てきた悠斗の前で客を平手打ち。 その客はとても太い客だった。 さすがに腹に据えかねたところ、店長からもなんとかしろときつく叱られて、とうとう決意した。 あいつをなんとかすると約束したのは、数日前のことだ。 それでこうなった。 店に戻ったら、話し合いの末、田舎に帰ったと説明するつもりでいる。 都会では、女が一人いなくなったぐらいで誰も騒がない。 何しろ杏は、悠斗に貢ぐために身の回りのものを売り払い、会社を辞めて自宅も処分している。田舎に帰ったと言っても誰も疑わない。死体が見つかっても、自殺で通せるはずだ。 いろいろな計算をしたうえで、この方法を選んだ。 このまま山を下りて東京に戻ろうと歩いていると、分かれ道に突き当たった。 一方は細い獣道。 もう一方は草木が生い茂った道。 スーツをこれ以上汚したくない悠斗は、迷わず開けた獣道を選んだ。 これが失敗だったと気づいた時は、かなり日が傾いていた。いくら歩いても山を出られない。 「このままでは遭難してしまいそうだ」 すでに遭難しているのだが、明るいうちはまだのんき。 携帯は圏外。連絡手段は他にない。 あったとしても、ここで救援要請すれば、捜索隊が捜索中に死体を見つけてしまう。 せっかくの計画が台無しとなる。 それを怖れた悠斗は、なんとか誰にも気づかれずに自力で下山しようとひたすら歩いた。
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