ずっとこの手は離さずに

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「……いち?」 急に声をかけられたので、言葉の全部を聞き取ることができていなかった。 それなのに、驚き、懐かしさ、恥ずかしさ、うれしさ、いたたまれなさ、……いろんな感情が瞬時に色づいて脳裏に蘇ってくる。 「……太一……だよね?」 実家での記憶のほとんどが消えてしまっていく中で、何度も聞いたことがある馴染みの声を忘れることはなかった。 肩に流れる艶のある黒髪。 くりっとした目。 ふっくらとした唇。 右頬に2つあるほくろ。 声を聞いただけで、声の主の姿形が頭のなかに浮かんでくる。 すぐに振り返りたい気持ちはあった。が、それは同時に不安を、恐怖を産み出す行為でもあった。 あのときからずっと会っていなかったのに、この帰省で会うなんて。 振り返らなければ、あのときのままで終わらせることができるだろう。再び嫌な思いをしないで、させないで済むにちがいない。 でも。 もう二度とこない機会だとしたらーー。 私は、ゆっくりと振り返った。 肩に流れる艶のある黒髪。 くりっとした目。 ふっくらとした唇。 そして、右頬に2つあるほくろ。 想像していた表情が、少しだけ大人びて、そこにあった。 「沙織……」 私の言葉に、彼女は驚きと少しばかりの悲しみをみせた。 10年ぶりの幼馴染との再会。 それは10年ぶりの別れた彼女との再会でもあった。
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