ずっとこの手は離さずに

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バスの扉が開くと、熱風が勢いよく流れ込んできた。 降りていく人々の列に加わり、運転手に切符を渡す。 ステップを降りて地に足をつけると、8月中旬の太陽が容赦ない日差しを浴びせてきた。 ワウンワウン! 突然、犬に吠えられる。 飼い主に連れられ近所を散歩中なんだろう。暑さに舌を出し体全体で息をしていて、狂ったような表情。 実家の方へとぼとぼと歩き出す。バス停からは徒歩10分もかからない。 実家に帰るのは、何年ぶりだろう。 高速バスで1時間半、新幹線なら1時間とかからない実家だったが、大学に入ってからは夏と正月しか帰ったことがなく、社会人になってからは正月すら帰ったかどうか……。 別に両親と仲が悪かったわけではない。月に一度くらいは電話していた。これまで帰る積極的な理由がなかっただけだ。 連絡なしの帰省だったので、お盆期間とはいえ家にいるのかわからなかった。 交差点を右に曲がると、似たような並びの家々の中に実家が見えてきた。 玄関の前にたつ。前回帰ってきたときと何も変わっていない。 しかし、ガレージが空っぽだった。 いつもなら赤の軽自動車が置いてあるはずだ。 玄関の横にある大きな窓から家の中を覗いても、電気は消してあって人気はなかった。 二人とも出かけてるな。 左腕の時計を見ても、まだ午後2時過ぎだった。 夕方には帰ってくるだろうけど、あと数時間どうしようか。 暇つぶしに近所でも歩いてみるか。 実家のある団地内の路上には、至るところに車が止まっていた。帰省者の車だろう。 道行く塀の向こう側からは、にぎやかな人声が聞こえる家がある一方で、私が歩いている路上に人影は見えない。 ほんの数メートル先でも景色がゆらゆらと揺らめいて見える。 いくつかの十字路をわたったときに、後ろから声がした。
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