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「……あ」
一つ思い出せば、付随する記憶は引きずられるように出てくる。
『すみません! 遅くなりました!』
『お母さん、お疲れ様です。偉かったんですよ、陽ちゃん、今日も一人で遊んで待っていたんです』
『そうですか? うちでも一人で遊んでくれればいいんですけどね』
記憶はしっかりと刻まれていた。それはただの昔話。いつか、そんなこともあったよねって、笑い合えるような小さなエピソード。
だけど、今はまだチクリと痛い。保育園で一番最後になってしまうことがどれだけ寂しいか、一人で遊ぶことがどれだけつまらないか、きっと知らないんだ。そんなことよりも仕事とか家事とか大事なことがあるから。だから。
『このぬいぐるみがほしいの?』
『うん! この子と一緒に遊ぶの!』
『そう、偉いね。大切にするんだよ』
『うん!』
精一杯の笑顔を作って一人で遊んでいたんだ。ぬいぐるみの数はどんどん増えていくのに、心のどこかに空いた穴もどんどん広がっていく。でも。
『わっ! きれい! 人がいっぱいいる!』
『今日は、七夕さんだからね。みんなで一緒に遊べるんだよ』
『本当!? 七夕さんの日は一緒に遊べるの!?』
昔から、七夕さんが好きだった。大通りからアーケード街を抜けて、公園までメインストリートを埋め尽くす色とりどりの巨大な吹き流し。その間を街中の人たちが4列に並んで踊りながら進んでいく。背伸びをして見ても、後ろにはずっと人が並んでいて、曲に合わせて全員が腕を上げてくるりと回り、前に進んでいく。
熱気が好きだった。みんなで集まって遊んでいるんだという楽しい雰囲気がたまらなく好きだった。風が吹き抜け、囃子立てるような風鈴の音が好きだった。
何よりも大好きなのは、願い事を書いた短冊を折鶴に吊るすこと。何千、何万と数え切れないほどの折鶴が重なり、空に吊り上げられているみたいにゆらゆらと揺れている。ここで祈った願い事は、いつか本当に叶うような気がした。
「ああ……」
折鶴に短冊をくくりつける。お母さんには内緒だった。あのとき短冊に願ったことは。
【誰かとずっと一緒に遊べますように】
「そうだよ。私……そうだよ」
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