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会社からの帰り道、自転車に乗りながら何気なく空を見上げると、月は緑色だった。
ふと気づくといつもとは違う道を走っていた。
何となく嫌な予感がしたけれど何故だか、自転車を漕いでしまった。数メートル進んだ時、突然目の前がばちばちと緑色のフラッシュが焚かれた。思わず目を覆った。
「このまま、進んではならない!」
そう思った私は慌てて引き返した。目がチカチカしてどうしようもない。
やがて、目が慣れると公道を走ってるはずだったのに、いつのまにか土手に上がっていた。
前方には土手道の先に橋の上を車がいくつも通過している。辺りは薄暗いのに、橋の形と車がはっきりと視認できた。
左側を見ると枯れて茶色くなった草の先に川がゆったりと波打ちながら流れている。右側には坂道の先にトンネルがあった。
上を見上げると月は緑色の電気の線の様なものの塊になっていた。
「ここはどこなのだろう」
この土手も川もあのトンネルも普段から見慣れたものだけど、何処か違く見えた。だけど、それがどう違うのか分からなかった。
下に降りて、トンネルを潜る事にした。トンネルを抜けた先にまた似たような土手道に出て、混乱した。普段、あまり使わない道だから、道を間違えたのだろうと思って引き返そうとした時、右側の緩やかな坂道から父がひょっこりと現れた。
帰りがあまりにも遅いので、心配して探しに来てくれたようだった。
父はいつもの赤い上着に白シャツ、黒いズボンにサンダルを履いていた。
「こっちだよ」
父の変わらない優しい声にホッとして自転車を降りて、父の後を歩いた。
前に「右足が生まれつき若干短いんだ」と言っていた父は杖を付く前からかくんと右側に下がる歩き方をしていた。
「父さん、今日は月が変だと思わない?」
「どこもかしこもどんよりだよ」
いや。そうじゃなくて。と言い掛けた時に、ふと違和感に気づいた。
何故、父は自転車に乗って来なかったのだろうか。父は足が悪くて、歩くよりも自転車の方が楽だと言っていた。
何より、杖を付くようにと医者から言われて家の中でも杖を付いて歩いていた。なのに、今の父は杖を付かずに歩いている。
「……」
私が立ち止まるとそれに気づいた父が俯きながらこちらを見やった。微かに見えた口は大きく両方に裂けて、沢山の尖った歯が上下に沢山付いていた。
「ヒッ」
慌てて逃げようとしたが、父がとんでもない跳躍で私を捕らえた。顔を見ると、それは得体の知れない何かに変わっていた。両腕を抑える手は太い三本の指があるだけでつるつるとしている。少し灰色がかった緑色の肌が気持ち悪い。
口を大きく開けて、自分に向かって来た時、私は「食べられる」と悟った。
気がつくと布団の中に居た。
何だ、夢だったのかと心底安堵した。
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