エンドロールに君は居ない

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エンドロールに君は居ない

「あと五分で、世界が終わるんだって」  また始まった。その言葉で二人きりの舞台が開演する。中身のない嘘っぱちなその言の葉が、ふわりと浮かんで夕焼けに弾けた。シャボン玉みたいなそれは、屋上の錆びたフェンスに背を預けて立っていた俺の目の前で数度爆ぜた。 「たった五分。想像してみてよ。五分後には、何もかもが真っ白になってる」  生温い風が、肩まで伸びた茶髪をうねらせていく。フェンスの向こうの世界を見つめる可奈美(かなみ)の顔は、夕映えを受けて妙に色っぽく見えた。 「あと五分で何がしたいかを考えてみて。あたしはねぇ、恋人とか両想いじゃなくても、好きな人と過ごしたいかな。最後くらい、自分の好きな人といたくない?」 「……相手が自分のことなんとも思ってなくてもか?」  皮肉っぽく言ってやれば、彼女は「うん」と当然のように首肯する。 「我儘だな」 「よく言われる」  可奈美は横目に俺を一瞥すると、形の良い薄い唇を僅かに歪ませた。  彼女は自由気ままで我儘だ。一年の時からのクラスメイトであるコイツは、係やらなんやらが一緒でよく言葉を交わした。その辺の女子と違って飾り気がなく、男に媚びたり、やたら恋愛に現を抜かしたりしない。  だから、コイツとは異性の友達というよりも、同性の友達という関係性の方が近しいと思う。腹を割って話せる貴重な友人だ。  だが、何を考えているか分からないところは嫌いだった。たとえば、今こうして訳の分からない問いを脈略もなく俺にぶつけてくるところとか。  それでも、彼女との関係は好きだったし、安泰だと思っていた。  ――あの、土砂降りの雨の日までは。 「人は誰しも我儘だよ。好きなように生きたいもんね。特に恋愛は、自由で強引でなくちゃ」 「……」 「(さとる)くんはどう思う? 男の子だから、少しくらいは恋に対して強気に挑んだかな?」  長い睫毛の向こうの瞳が、ルビーみたいに妖艶に煌めいた。輝きの少ないその瞳は、退屈そうな色をはらんで俺を映し出す。 「……どうだかな」と無愛想に返事をして腕を組みなおした。  強気に出るわけないだろ。俺は面倒くさがりだし、一般的な恋愛など退屈で飽き飽きしてしまう。デートに行くことも、記念日を意識しなければならないことも、想像するだけで億劫だった。  だから、少し前まで付き合っていた彼女にはあっさりとフラれてしまった。「私に興味ないんだね。いつも面倒くさそうにしてたし、彼氏として最低」と一方的に罵られてそのまま別れを告げられた。三か月の記念日だった。でも、それほど惜しくもなかった。  俺はたぶん、彼女のことが好きじゃなかったのだろう。 「フラれちゃって、可哀想に」  可奈美が微塵も哀れんでいないような、小馬鹿にするような声で言う。 「馬鹿にしてんのか」 「少しね。顔はかっこいいんだから、もう少し性格直せばいいのに」 「簡単に直せたら苦労しねぇっつーの」 「それもそうだね。突然、悟くんが爽やか系善人になったら気持ち悪いし」 「おい、それどういう意味だ」 「そのままの意味だよ」  くすくすと、鈴を転がしたような綺麗な声が笑う。高校生でありながら妙に大人びた顔立ちに自然な笑みが咲いたのは、なぜだかずいぶんと久しぶりのような気がしてならない。可奈美が、作り笑いが常時貼りついた人形のような少女だからだろう。不気味なほどに綺麗に笑ってばかりだから、初対面の時は能面でも被っているのかと思った。
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