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1945年8月6日 広島県広島市
蒸し暑い朝だった。
ギラギラ照り付ける太陽にミンミンゼミが対抗している。
どちらも夏の風物詩(読み:ふうぶつし)だが、毎年見せられている方はたまったものではない。
蝉の煩さ(読み:せみのうるささ)と極度の発汗を促す直射日光がシナジーを発生させ、より一層の不快感をかもしだしている。
台風が過ぎ去ったこの日、やっと布団を干すことができると、おばさんが喜んでいた。
今日は夏の名物スイカを買いに行く日だ。
商店街まで4キロあるが、自動二輪があるから楽なもんだ。
「帰ってきてもゆっくりさせてあげられなくてごめんだけど、虎君は買出しおねがいね。1キロのスイカで十分だからね」
おばさんからお金を渡される。
「他に何か買ってくるものありますか?」
縁(読み:ふち)に『中島虎次郎』(読み:なかしまとらじろう)と刺繍(読み:ししゅう)されたつばの大きめな帽子をかぶりながらおばさんを見上げるが、既におばさんは布団たたきの続きに移っていた。
そして、背中を向けながら”ついで”のものを要求する。
「そうね、大根と人参もあると助かるわ。でも、八百屋さんに入ってるかしら?」
そうか、ここ広島でも物資が不足し始めているんだっけか。
「わかりました。見つけたら確保してきます」
パンパンと布団ハタキでたたきながら、おばさんは応答する。
「はいね、あ、でもできるだけ安いのをお願いね」
逐次作業(読み:ちくじさぎょう)じゃないと難しい僕とは違い、おばさんは並行作業(読み:へいこうさぎょう)が得意なんだな。
凄いことだ。
っと・・・とりあえずお昼までにスイカを買ってこないと!
「では、行ってまいります」
玄関で帽子頭(読み:ぼうしあたま)を90度くらいまで下げてお辞儀(読み:おじぎ)をし、商店街へ向けて出発した。
商店街には10分程度で到着した。
目当てのスイカはすぐに手に入った。
しかし、”ついで”の2品がなかなかない。
八百屋を3軒回ってみたものの、やはり物資の供給が追い付いていないのが原因で置いてなかった。
まぁ、「できれば」とのことだったし、一旦引き返そうか。
商店街を出ると、すぐに蝉の大合唱が始まった。
商店街からさほど離れてはいないとはいえ、おばさん家との連絡通路はこのあぜ道だけだ。
わきにはたくさんの木があり、一部は手の入っていないものもある。
原動機のブルルルという音に混じってブロロロという双発型の発動機を搭載した航空機の音がした。
近くの基地から発信した偵察機だろうか?
蝉の輪唱に対抗するかのように、ブロロロも輪唱していた。
編隊でも組んでいるのだろうか?
もしかしたら、硫黄島奪還作戦か何かか?
あそこはもう玉砕したと聞いたが・・・
どうやら嘘が流布されていたらしいな。
空を見上げてみたが、太陽のギラギラが邪魔でイマイチよく見えない。
先週まで僕も乗っていたっけな・・・。
転進によって解散した部隊のみんな、元気にしてるかな・・・。
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