1945年8月6日 広島県広島市

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おっといけない。 こんなところで道草を食っているわけにはいかない。 おばさんの手伝いをしに帰らないとな。 自動二輪のレバーに右足をのせ、そこに体重をかける。 先の航空機に負けないくらいのブルルンという低い音がエンジンのかかりの良さを表す。 すぐにまたがり、走行を再開した。 おばさんに飛行機の話をした。 そうしたら、おばさんは怪訝そうな顔をした。 「本当に帝国軍の飛行機なんかね? だとしたら、もうすぐここも空襲受けるっちゅうことじゃろか? 怖いわぁ」 たらいに入れたスイカに水をかけながら、おばさんは空に目をやった。 「じゃけん、もう飛んどらんなぁ。サイレンも聞こえんし、大丈夫じゃろ」 日差しの強さに負けないようにできるだけ目を開いてはいるが、それでも半分以上は眩んだ状態に見える。 「おばさん、それだと見えてないと思います。僕も音で聞いただけd」 ........ いってぇ… 何が起こったん? 耳がキーンいうて、目の前が暗い… 体が痛い… どうして寝転がってるん? どないなっとん? 鼻の中も口の中も、じゃりじゃりしとる。 「ぷっ・・・ぺっ・・・ぺっぺっ!・・・ぺっ!」 なんや・・・全然吐けへんやん・・・ 「あーーーもう!」 おばさんどこや? ・・・やっぱり目の前が暗うてよう見えへん・・・ 「おばさ・・・」 嘘やろ・・・おばさんも事故におうたんか・・・? ん・・・なんや、頭に触れとるの・・・ なんか懐かしい感じがするんやけど・・・ !!? 「おばさん!・・・腕っ」 俺の頭に触れてるの、おばさんの腕やん・・・ でも、おばさんの体・・・あらへん・・・ 「おばさん・・・どこや!?おばさん!」 くそ… どーなっとん? 「ああああああ!」 重たい体を起こしてみたけど、やっぱりおばさんどこにもおらん。 腕だけや。 ざっ…ざっ… 何やら突っかかりながら歩く音が聞こえる。 前方か? 「おばさん?」 俺の声が聞こえないのか? 「おばさんですか?」 少し大きな声で呼びかけても反応ない… 人影に近寄って絶望を覚えた。 腕を失って全身真っ黒になったバケモノのようなものがゆっくりと俺の前を横切っていくのだ。 腕の欠け具合から、おばさんなのだと確信を持てた。 だが… 「おばさん…ごめん…なさい…」 何を言って良いかわからず、しかし口を出たのは謝罪の言葉だった。 ここには兵隊は自分しかいない。 でも… 世話になってるおばさんにでさえ、こうも変異してしまっては自分にはどうすることもできなかった… 辺りは背丈の小さな炎に包まれ、その中をゆっくり前進するおばさんの姿をただ眺めていた…
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