2「無くなった光」

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○  フィリスは街の外れの方を歩いていた。今までに観測していた「孤独陣」の状況を確認するため、市街地と耕作地の境界部分を探っていたのだ。  隣には八重子と猫子が歩いている。珍しく暇だった二人が同時に行動するのは随分と久方ぶりだ。 「宗谷先生、どうです?」 「うん? そうだねえ。八重ちゃんのが判るんじゃないの?」  あっはっは、と同時に笑う。 「凄く、不快になる呪力ですね」 「本当にね。完全に外界との関わりを遮断している。ブラッドムーンの仮説はあまり的外れなものじゃないのかもね」  敷石くんは本当にそういう勘が優れているよね、と猫子は感心しているようだった。 「やっぱりしーちゃんには鬼源装を持たせて正解だったのかも知れませんね」  八重子はどこか諦めたような声を出す。 「……敷石くんには鬼とは契約させたくなかったの?」と、フィリスが不思議そうに問いかける。「あんなに強いのに」  まあね、と八重子が頷く。 「鬼力は使うほどに寿命を縮めていくから。こんな若いうちから弟が命を削っていくのを見るのは、辛いよ」 「それだけじゃないでしょ、八重ちゃん」  応えない。 「纏木くんのことがまだ引っ掛かっているんでしょ?」 「マトイギ? そういう人が居たってこと?」  八重子と同じ瑠璃堂高校の卒業生だと猫子はあまり感情を込めずに口にした。 「纏木桐人(まといぎ・きりひと)。鬼槌・凍焔の遣い手だったんだ」  敷石と同じ三原色の遣い手で、学校内では圧倒的な実力を持っていたと続ける。 「私もそれを見ていたから、覚えてる。人格的にもよく出来ていて、決して傲るような人物ではなかったよ。―――でも」  卒業後に国防軍の鬼源装保持者を集める部隊に入って、すぐに戦死した。  感情を込めずに猫子は言う。  八重子は何も言わない。 「別に誰かに殺されたとかじゃないんだ。戦闘の中で鬼の力を使い続けて、突然に許容量を超えた」 「それって―――」  フィリスは息を呑むように口元を押さえた。 「命の残量を使い切ったんだよ。もともと、あまり寿命の長い人じゃなかったらしい、ってことだね」  不思議でもない、と言う。 「あまりに強い相手と戦い続ければ、そういう事態にもなりうる。だから、八重ちゃんが鬼源装にあまり良いイメージを持っていないのも普通のことなんだ」 「……しーちゃんは、桐人に似てるから。だから、見ているのが辛いんだよ。同じ道に進もうとしているのも、嫌なの」 「纏木さんは」 「八重ちゃんが一番仲が良かったからね。普通の生き方をしていれば、今頃は」  仮定の話は好きじゃないんだけど。そう言って猫子は言葉を切った。 「……そっか。じゃあ、ボクが敷石くんを選んだのは間違いだったのかな。『くらやみ』に対抗できる人だと思っていたけれど」  八重子はその場にしゃがみ、懐から出した釘を地面に刺した。土の地面に埋め込んだそれを足で押し込んでから、土で隠す。 「それはいいんだよ。君が頼んでしーちゃんが引き受けた、それだけの話。私はそこに対して憤ってはいないよ」  その台詞に対して、猫子は本当に似ている、と思っていた。誰の影響かというより、互いが互いに影響し合っているようなそういう関係なのだろう。  八重子は敷石の決めたことに対して、明確に反対はしていないけれど。それでもいつも不安で仕方ない。それを彼に見せることはないけれど、いつだって敷石の無事を祈っているのだ。 「八重ちゃんも相当な術師だけどね。敷石くんの知らない内に力の封印が出来るくらいには」 「え? どうやって?」  驚いたようなフィリスに、八重子は「これだよ」とポケットから印鑑めいた呪具を取り出した。 「極細の針の集合で出来た封印用のタトゥ。眠っている間に背中に打っておいたから、しーちゃんは気付いてないはずだよ」  呪力の刺青だから見えないしね、と平坦な口調で続ける。  なかなか過激な行動だった、とフィリスは本気で驚いていた。普段の穏やかさとはそぐわないその思考は、どこから来たのか。 「これくらい出来ないようじゃ、呪印師は名乗れないから」 「ちなみに八重ちゃんは呪術師としては「マスタークラス」に属してるんだよ。呪印師は複数いるけれど、独自の型を確立してるのはこの子だけだから」  マスタークラス?  異能者にはなじみのない響きだが、しかし魔術師がそういった呼称を使っていると聞いたことはあった。 「まあ、今でも修行中だけどね。今はロードクラスを目指してる」  最上位のクラスだというが、違いはよく判らない。  考え込むフィリスに、八重子はさてと声を出す。 「これで仕込みは終わったけれど、魔術的な手法に呪術的な方法で対策できますか? 宗谷先生の頼み事なら断りはしませんが、効果的とは思えないような……」 「まあ、予防線だから。これで相殺できないなら、次の手を打つしかないよね」 「次の手?」
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