2「無くなった光」

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 遊維の額を指で弾いた。 「いたいー……ぐう」 「お前なあ」 「冗談。全快だよ、すっかり」  遊維は起き上がって伸びをすると、前方に伸ばした腕をそのままスライドさせて敷石に抱きついてきた。 「……………………」 「あの、無反応は寂しいんですけど」 「あ、いや。別に思うところ無いなあと」 「ぎゅいー」  締め付けてきた。しかし身体能力の高い敷石には何も痛くはない。  代わりに髪を指で梳いた。湿気の少ない髪はしかし柔らかく、ふわふわと広がっている。 「うー」  くすぐったそうに頭を振った。腕を解いて離れると、そのまま台所に向かっていってしまった。  布団を押し入れに仕舞う。していると、後ろでフィリスが覗いていた。 「どうした?」 「いや、つまらないなーって」 「は?」 「布団の匂いでも嗅ぐのかなって」 「俺を変態にしたがるな。本人が近くにいてその行為はありえねえだろ」 「離れていたら有り得たの?」 「そうは言っていない」  俗な発言をする奴だと呆れるが、それが本心からの言葉でないことは知っていた。というか、そういう趣味を知っている辺り、日本のサブカルチャーにも通じているのだろう。 「でも好きでしょ? ラヴでしょ?」 「………………………………さあな」 「沈黙が全てを現している気がするよ」  やけに絡んでくるけど、酔っているのだろうか? そう思わせるほどに不自然な言い方をしている。正確には言葉のニュアンスに悪意めいた響きが含まれているような。 「図星なら頷いてよ」 「正鵠を射てても肯定してやんねえよ。俺に変なことを強要するな」 「真面目だなあ」  ふざけている相手に合わせておどけるのが苦手なだけだし、そういうことをして懐いてもらおうという魂胆が透けて見えるのは醜いというか。 「そういうことしなくていいから、普通に話してくれ。評価はとうに定めている」 「ほう、敷石くんから見たボクはどういう評価?」 「サイコパス気味な逸般人」 「最低評価じゃないか!」  フィリスは両腕を天井に向けた。降参したのか万歳したのか、驚いたのか。敷石はどうせこんなもんだという評価でしかない。 「最低評価じゃない。下から二番目だ」 「大して変わらないけど」 「そうかな?」  性格と能力は一致しないというか、単にフィリスは出来ることをやっているだけなんだな、と思ってしまった敷石だ。  インターポールでどう立ち回っているんだろうか、そう思っていると。 「敷石くんは、遊維ちゃん以外に友達っているの?」 「なんだその質問」 「いいから」 「んー。学校だと中学の時に同じだった奴は大体交流あるけど。春壱とか志貴とか揺戯とか」  ふうん、とフィリスは息をつく。 「最近は練馬川が声かけてくるな。女子だけど喋り方が無機質でさ」 「へえ。敷石くんってモテなさそうだよね」 「なんで唐突に貶してくるんだ」  事実だけど。 「そう見えたからかな」 「だろうよ。別にいいけどさ」  で、質問の意図は? と問うてみる。 「なんでもない。忘れていいよ」 「零時までには帰ってきてね」  八重子の見送りにわかったと返し、刀を腰に帯びながら強くベルトを締めた。  時刻は午後九時を回って、辺りは闇に沈んでいる。空には大きく欠けた月が浮かんでいた。 「行こう、しーちゃん」 「夜中までついてくるのかよ」 「しょうがないもの。一人じゃ危なくて放っておけないよ」 「……………………」 「余計なお世話だって?」 「言ってない。別に迷惑じゃないし」 「そっか」  危ないのはどっちだろうと考えても、リスクなんてのは較べるものじゃないというか、思考するだけ無駄だった。  敷石はさっさと街を歩いていく。夜風に煙臭い匂いが混じっていて、あまりに不快だが、どこかで焚き火でもしているのだろうか? と首を傾げる。  しかし、鬼の力を以て見れば、それが呪影そのものの匂いなのだと理解できた。  やはり闇の強くなる夜には呪影の量も多くなってくる。  ただ、この量は異常だ、とも思えていた。敷石の感覚で理解できる濃度なんてものは、通常の人間には危険なレベルだ。おそらく他の鬼源装保持者も動いているだろう。 「うーん、いつもより闇が深いね。喰われないようにするだけで精一杯だ。しーちゃんは鬼の力で打ち消してるんだっけ?」  敷石が遊維を見ると、彼女の身体は淡い光に包まれていた。死儀焔義によるものではない、白い光だ。瑠璃高で最初に学ぶ、霊力で身体を包む丹田法という霊力の運用だった。 「どうするかな、この状態では祓いきれないだろ」 「そうだね。拡散してると掴みきれないし」  適当に刀を振るってみる。何も無い空間を斬ったはずだが、ざくん、と音が立って周囲の空気が短い時間、赤く染まった。紙が焼けるように小さい光を発しているのを見ていても、何の取っかかりにもならない。 「…………」 「どうした、遊維」  遊維はさっきから何かを考えている。思い出すような仕種で指をくるくるしているのを見ていても、何を考えているかは読めないが。 「フィリスさんは、魔術師を追いかけてきたって言ってたよね?」 「ああ」 「その魔術師って、どこに居るのかな? 普通なら、どこかで街を見下ろしているのか、街の中心で術式を展開しているのかなって思うんだけど、そんな人は見なかったよ」 「どこかに隠れてるんじゃないのか、昼間は」 「それが不自然なんだよね。この場所だって霊的に強いスポットだし、その霊力を纏める神社だってこの街にある。この街で何かをしようとするなら、まず昼夜問わず紹介している守護者を排除しなくちゃいけないのに」  守護者。  鬼を操る敷石には最初から無縁の存在だが、存在することは知っていた。これまで行き逢ったことはなく、少数なのか隠密行動をしているのか。 「守護者が魔術師とカチ合って勝てるのか?」 「……さあ、よくわかんない」  街の中心は瑠璃堂高校の校舎だとは知っていたけれど、そこには強固なセキュリティがあり、夜中に侵入することは出来ない。  這入ろうと思えば校庭までは行けるけれど。  なんとなく空を見た。欠けた月が黒い霧に見え隠れしている。 『…………』 「ん? 何か聞こえたな」  不思議そうに首を傾げる遊維の隣で敷石は耳を澄ませる。鬼の力で強化された聴覚に神経を集中させて、周囲の音を拾う。  五感の強化は鬼の力がなくとも可能ではあるけれど、敷石にはあまり関係がない。霊的感知機能を犠牲にした強化五感は、単なるバーターなのだが。 「…………こっちか」  走り出した敷石の後を遊維が追ってくる。特に何も問わないのは、信用しているからだろう。
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