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怪物の意識
大雪がふると、山から怪物があらわれる。そう聞いていた。
しかし全く信じていなかった。田舎によくある迷信だと思っていた。
そしてわたしは今、吹雪の中を必死で逃げている。
そのうわさの怪物に追いかけられている真っ最中だ。
どうしてこうなったのか。
わたしは、この山のふもとにある研究所で、革新的な装置を開発していた。このたび長年の研究がむくわれて、その装置が完成した。
その矢先のことだった。
雪山の怪物が、突然この研究室にあらわれたのだ。ここ数日、悪天候がつづいていたから、食料や暖のとれる場所を探して、山から降りてきたのかもしれない。怪物がほんとうに存在していたなんて驚きだ。
ともかくそいつは、研究所に入ってきた。そして、わたしをみつけるなり、襲いかかってきた。
わたしは思わず、今完成したばかりの装置を投げつけた。怪物の額にピタリと装置がつく。装置は赤くチカチカと光っている。
「あと五分、逃げきれれば」
この装置は作動してから、すべてが完了するまでに、五分かかる。
作動中はインジケータが赤く点滅し、完了すると青く点灯する仕様だ。
あの装置が青く光るまで、なんとか怪物から逃げつづけなければならない。
わたしは無我夢中で雪山へ逃げた。怪物はまだまだ追ってくる。
よく考えたら、こんな雪山に逃げるなんてバカげていた。ひ弱な人間のわたしより、ふさふさの毛皮と大きな図体をもつ怪物のほうが、有利に決まっている。
案の定、怪物がわたしをとらえた。ごつごつとした大きな手が、わたしの顔面にふりおろされる。
もうだめだ。絶体絶命。
その瞬間、怪物の額にはりついた装置がピピピと音を出し、インジケータが青く点灯した。ちょうど五分が経過した。
動作完了――。
気がつくとわたしは、死体をひきずりながら崖を目指していた。
雪の上に赤い血の線が引かれていく。
崖のふちまでやってきて、下を見下ろす。
わたしの手には、顔面がぐちゃぐちゃに潰された死体。そしてその死体の後頭部には、青く光る装置。
血みどろのごつごつした大きな手で、その青く光る装置をはずした。ついでに、わたしの額についた同様の装置もはずした。
「わたしの意識はたすかった。しかし、これからどうすればいいのだろう」
ついに完成した、わが研究の成果。二体の意識を入れ替えるという画期的な装置を、まさかこんな風に使うことになるとは……。
雪山の怪物は、さっきまで自分だった人間の死体を崖から投げすて、吹雪の中、途方にくれた。
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