しっぽのきもち

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「ジングルベール、ジングルベール 鈴が鳴る~♪ ヘイ! 今日はたのっしい~クリスマス! イエィ!」  赤と白の洋服に、帽子を被った謙信が、今までにないハイテンションのまま、大きな袋を揺らしながら、猫集会へと現れた。 「今日は、なんといっても、クリスマスですよ。その上、満月ですよ。こんなに素晴らしい夜は、ありませんよ~!」  謙信と同じ赤と白の服を着て、気恥ずかしいのか、大きな袋の陰からそっと顔を出したのは、景勝だ。 「ほーら、景勝も。隠れてないで出てきなさいよ~。僕らは、今日、ニャンタクロースなんですからね。よっこいしょっと」  言って、謙信は背にした袋をそっと地面へと下した。 「…何を持ってきた?」  次郎が訝しげに、荷物をねめつける。 「ふふふ、まだ内緒です」  意味深な笑みを浮かべると、謙信はすでに集まっている猫たちのところへと走っていってしまった。  そして、その場に残されたのは、次郎と景勝だった。  謙信とは別に、景勝も小さな袋を手にしている。  その包みを解くと現れたのは、酒の肴だ。 「今日は、鶏肉とお刺身です」  景勝はそれだけ言うと、もう一度丁寧に包み直し、すっくと立ち上がった。  じっと次郎の目を見つめてから、仲間の方を見て、もう一度次郎を見る。  まるで、向こうへ行きましょうと、誘うかのように。  そんな仕草に、次郎は小さく笑った。  その真っ直ぐな瞳。  自分の心の中までも見透かされてしまいそうで、次郎は思わず、目を伏せた。  ゆっくり歩きだした景勝の後を追うように、次郎も仲間の方へと歩き出した。 「それにしても、えらく豪勢なものが揃ったなぁ」  次郎は、相変わらずのまたたび酒だったが、他の猫が持ってきた物が凄かった。 「私は、昨日のお店の残り物なんですけどね。ご主人様がね、お客さんに出すって言うんで、丸のまんまの鶏肉を焼いたんですよ。それの残りです。ああ、気を付けてくださいね。骨がついてるところもあるので」  得意げな謙信の言葉を遮るように、今度はドールがせせら笑った。 「いやあね~、これだから庶民は」  言って、相変わらずのド派手な包みを解くと、こちらも大きな鶏のもも肉が現れた。 「あなたねぇ、クリスマスといえば、鳥の丸焼き。鳥の丸焼きなら、ターキーでしょ?」  ターキー? なんですか、それ…という謙信の間抜けな表情はしっかり無視して、ドールがまくしたてるように話し出した。 「七面鳥よ。しちめんちょう! 何が悲しくて、ニワトリの丸焼きなんか食べなきゃいけないのよ!」  同じ鳥だから、どっちでもいいんじゃないだろうかという微妙な空気に包まれたものの、そんな雰囲気を知ってか知らずか、今度は華が控えめに包みを出した。 「わたくしは、削り節を持ってまいりました」  うす紫色の風呂敷を解くと、得も言われぬ香りが辺りに漂った。 「お歳暮で、お弟子さん達から頂いたと、母が申しておりました。なんでも焼津というところの、本枯節と言う鰹節だそうです。食べる前に、切り身の形をした塊を小さな箱の上で滑らせると、こんな風にひらひらになって出てくるんです」  謙信が、そのひらひらの一枚を手に取ると、くんっと匂いをかいだ。 「これは、すごい! 超高級鰹節じゃないですか~! そこいらの鰹節とは全然違いますよ! テレビショッピングで見たことがあります! 一本、五千円とかするんですよね」  さすが、お嬢様は違うという空気に、ちょっと悔しそうな表情を浮かべるドールだったが、そんなドールに気づきもしない華は、みんなの嬉しそうな表情に目を細める。 「喜んでもらえて、ホッとしました」  トリは、キングだった。 「持って来てやったぞ」  バサッと放り出したのは、やっぱり、キャットフードだ。  やっぱり~という雰囲気を吹き飛ばすように、キングが続ける。 「まずは」  一つ目の袋を取り出し、渡した相手はドールだった。 「キング様~」  うるうるの瞳で見つめるドールの眼差しは、スパっと切り捨て言った。 「毛玉が気になる猫用のキャットフードだ。お前は、毛が長いからな」  感激に打ち震えるドールの次に、キャットフードを渡したのは、華だった。 「健康で美しい皮膚被毛を保ちたい猫用のキャットフードだ」  美しいという言葉に、ドールがピクリと反応したが、華はそんなことなど気にする様子もなく、両手でキャットフードを受け取ると深々と頭を下げる。 「キングさん、ありがとうございます」  キングは満足そうな笑みを浮かべると、今度は次郎へと向き直った。 「あんたには、これだ。中高齢インドア猫用だ」  次郎は、一瞥を送ったものの、黙って袋を受け取る。 「こういってはなんだが、体は大事にしてくれ。若いころとは、違うんだからな」  ぶっきらぼうに言うキングだったが、その言葉の裏に、彼なりの優しさを感じたが、口をついて出た言葉は、逆だった。 「ふん、エラそうに。まだまだお前らに負けてたまるか」  その言葉に、キングがフッと笑った。 「そうだな」  これで終わりとばかりに、包みを仕舞いだすキングに、今度は謙信が声を掛けた。 「あのー、私には…ないんですかぁ?」  すっかり手持無沙汰の謙信に、キングは振り向きざま、バシッとキャットフードの袋を投げつけた。 「食欲旺盛、避妊去勢で太りやすい猫用。お前にはコレだ! 毎日、客のつまみばかり食ってると、早死にするぞ」  乱暴に投げつけられたにも関わらず、今度は謙信の瞳が潤みだした。 「殿~、そこまで私の事を考えてくれていたんですね~、私、感動のあまり、涙が止まりません~」  ぎゅう~っとキングの体に抱き着く謙信に、キングが強烈な猫パンチを繰り出した。 「いいから、離れろ~」  そんな様子に、今度はドールが割って入った。 「だから、キング様から離れなさいって!」  キングを間に挟んでの、いつもの言い争いが始まったが、そんなことなどお構いなく、他の猫たちは珍しい酒の肴に舌鼓を打った。 「この鰹節、美味いな」  鰹節を口に放り込み、またたび酒をくいっと流し込む様子に、華がにっこり笑う。 「良かったです。次郎さん、こちらも召し上がってください」  謙信が持ってきた鶏肉は、華の手によって、小さく割かれていた。  次郎は面映ゆい心持ちになりながら、黙って鶏肉を口に放り込んだ。 「ったく。全く進歩せんな」  相変わらずの言い争いを遠目に見ながら、次郎が呟く。 「ケンカするほど仲がいいと申しますから、気が合うのかもしれませんね」  キングが好きだという点が同じと考えると、そうかも知れない。 「…確かに」  華の物言いに、思わず深く頷いてしまう次郎。 「納得するな」  そこへ渋い顔で現れたのは、キングだ。 「こっちはいい迷惑だ」  キングが、次郎の隣へドカッと腰を下ろすと、間髪入れず、横からすっと杯が出された。 「ん?…気が利くな」  振り返ると、景勝の真っ直ぐな瞳がキングを見つめていた。 「どうぞ」  ゆっくりと慎重に、またたび酒が注がれる。  その真剣な眼差しを、キングは黙って見ていた。 「おつまみ、持ってきます」  それだけ言うと景勝は、くるりと踵を返した。  そんな後姿を見送って、キングは大きく息を吐いた。 「…思い出すな」  思わず口をついた言葉に、キングはハッとする。 「…すまん」 「何を謝る」  つっけんどんに次郎が言う。 「気を使わんでいい。あいつの事は…忘れた」  しかし、キングには解っていた。  次郎が、時々物思いに耽ることがあること。  口では色々言っていても、アルの事を気にしていることは誰の目にも明らかだった。 「…そうだな。あいつの事だ、上手くやっているだろう」  思わぬ優しい言葉に、次郎は頷く。 「だから、忘れたと言っておるだろう」  渋い顔をしながら杯を飲み干す次郎を見て、キングも杯を傾ける。 「この前、面白い話を聞いたぞ。しっぽの先が曲がっている猫は縁起がいいそうだ」  キングは、大きな尻尾をゆらりゆらりと揺らしながら言った。 「なんでも、曲がった尻尾の先に、幸運をひっかけてくるらしいぞ」  キングの言葉に、次郎は答えることなく、手酌でマタタビ酒を注いだ。  それと同時に、景勝が追加でおつまみを持ってくる。 「マグロのお刺身です」  じっと見つめてくる瞳の中に、次郎は、どうしても忘れられない面影を見てしまい、軽く頭を振る。 「新入り、酒を持ってこい」  空の酒瓶を振ると、景勝は黙って頷いた。 「景勝、お父さんにも、お酒持って来て~」  謙信が、よいしょっとと、キングの隣に陣取った。  それから、ひとしきり顔を拭うと、大きなため息をついた。 「やれやれ。なんとか逃げてきましたよ」  ほどなく杯が来ると、謙信は、くいっと飲み干した。 「ほんとのサプライズは、これからですよ。ふふふ。今日は、すっごいクリスマスプレゼントを持ってきたんですよ~」  意味深な笑いを浮かべながら、謙信は、さっき持ってきた大きな袋を引きずって戻ってきた。 「皆さんも、集まって、集まって」  赤いリボンを解いてから、謙信が、そっと中を覗いた。 「……ン?」  刹那、謙信は思わず上を向いてため息を付いてしまったものの、仕方がないとばかりに、そっと袋を開いた。  一瞬、息が止まるような緊張感のあと、みんなの顔がほころんだ。  袋の中にいたのは、一匹の猫。  額にはMの模様。  目じりを彩る、クレオパトラライン。  背中のバタフライ模様に、おなかの縞模様。  そして、長い尻尾の先が曲がっていた。 「あーあ。完全に、寝ちゃってますね~。待たせすぎちゃいましたか」  謙信が、その猫の頬をプニプ二と突いたけれど、起きる気配がない。 「やめておけ」  キングがたしなめると、その猫は、むにゃむにゃ言いながら丸くなった。 「幸せそうな寝顔です」  華がにっこりほほ笑む。 「まったく、何を好き好んで舞い戻ってきたのかしら」  軽く一瞥すると、フンとそっぽを向くドール。 「お前は…バカ者だっ」  次郎は吐き捨てるように言うと、そっぽを向く。 「そんなこと言って! 本当は嬉しいくせに」  謙信が茶化すように口を挟んだ。 「……うるさい」  ……シッポの先が曲がっている猫は縁起がいいそうだ。  次郎は、キングの言葉をぼんやりと思い出していた。  主人が亡くなってからから、ずっと一人だった。  でも、こいつが転がり込んできて、全てが変わった。  お前が、その尻尾に幸運を引っかけて来てくれたのか…?  次郎は、ゆっくり夜空を仰いだ。  そこには、あのオリオン座が、あの時と同じようにキラキラと瞬いているのだった。                               
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