しっぽのきもち

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「声を掛けて、こうしてやってきてくれたのは、この四人です。次郎さん」  今日は、約束していた満月の夜だった。  孤軍奮闘して、アルが連れてきたのは、四匹の猫。 「フン。まぁ、いいだろう。それじゃ、ひとりひとり自己紹介してもらおうか。ほれ、そこの、チビの茶色」  言われて、ちびの茶色がキョロキョロと周りを見て、自分を指さす。 「もしかして、私のこと、言ってます?」 「お前以外、茶色い猫はおらんだろう。早くしろ」  彼は、大きな耳が印象的な「アビシニアン」のオス猫、謙信。  アルとは、背格好も同じくらいだが、全身こげ茶色の短い毛に包まれたその姿は、やけにほっそりして見える。  細くしなやかなしっぽの先だけが黒く、アーモンド型の大きな目と、目を縁取る紺色のラインがとても涼やかだ。  次郎の縄張りであるタコ公園の四角い建物の中の一角には、たくさんのお店があって、彼はその中の一つ、上杉酒店の看板猫だ。  一階部分に店舗、2階部分に住居があり、夜には、酒屋から立ち飲み居酒屋へ変わることもあり、彼はいつも、家と外とを自由に行き来しているのだ。  時々、お客さんから、美味しいおつまみを貰ったりもしているので、なかなかのグルメ猫なのだ。  言われて、謙信は大仰な咳払いをしてから、口を開いた。 「それでは、お先に。私の名前は、謙信です。そこの酒屋の看板猫でして、日々、お客様のお世話をしております。いつもなら、こんな集会に顔を出している暇はないのですが、そこのアルくんにどうしてもと誘われまして、お店が休みの今日、こうしてやってきた次第です。ここで! 私のお仕事を紹介しましょうかー」  謙信は一気にしゃべると、間髪入れず、今度は仕事内容を語り始める。 「次」  そんな彼のしゃべりを完全に無視して、次郎は隣の猫を指さした。 「俺は、キング。動物病院で飼われている。以上だ」  少々ぶっきらぼうな物言いだが、強気な振る舞いとその風貌には、有無を言わせぬ威圧感がある。  彼は、街の動物病院で飼われている「メインクーン」のオス猫、キング。  アルより、二回りは大きい、筋肉質の体にがっしりと太い足。  金色に輝く毛並みには黒い縦模様の筋がうっすら入り、首周りの毛はライオンの鬣のように豊かだ。  ピンとたった耳と、体の長さと同じくらい長くてフサフサのしっぽ。  大きな金色の目は、まさに王者の風格だ。  彼は、キラキラ動物病院の看板猫として、いつも待合室の一角を占拠しているので、この近辺で彼を知らぬ猫はいないほどだ。  そんなキングの態度に動じることもなく、次郎は、フンと鼻を鳴らす。 「次」 「私の名前は、ドール。通りの向こうの、白い三角屋根の家に住んでいるわ」  一番最初に声を掛けたのに、結局、最後まで高飛車な態度でアルを翻弄したのが、彼女だった。  しかし、動物病院のキングに声を掛けたと知るや否や、二つ返事でやってきたのだ。 「今日は…アルさんに、どうしてもって言われて」 「……え?」  どんなに誘っても、来なかったのに、この物言いは・・・と、アルは困惑しながら、ちらりとドールを見てみると、キングの隣で、彼女の目はすっかりハートマークになっている。 「なるほどねー」  隣にいる謙信が、ふんふんと納得するように頷いている。 「どういうこと?」 「アルくん。動物病院のキングさんに声を掛けたのは、なぜですか?」 「なぜって、ドールさんに、駅前通に大きな動物病院があって、そこにはいっぱい猫が来ると教えられて…」  生真面目な答えに、彼は、プッと吹き出した。 「上手く利用されましたねぇ」  確かに、猫はたくさん現れたのだが、人間も一緒に付いてくるから、声を掛けるタイミングなど、あろうはずがなかった。  そして、毎日様子を見に来るアルを、キングが気づかぬはずはなく、あの威圧感を前に、今回の話を白状させられるはめになったのだ。 「はぁ、確かに。やられましたね」  アルは、今頃になって一杯食わされたのだと思い当たり、ため息をついてしまった。  最後は、クリッとしたサファイアグリーンの瞳が愛らしい「ペルシャ」のメス猫、華。  まるで絹のようになめらかで長く白い毛が、全身を包んでいる。  ところどころ少し灰色がかった毛が混じっていて、首の周りの長い毛は、襟巻きでもしているかのよう。  ちょっと短い足に、ふわふわの羽毛のようなしっぽがとても印象的だ。  華の家は、日本舞踊の教室を開いていて、彼女はその家の箱入り娘として、大事に大事に育てられてきたそうだ。 「華と申します。にこにこ通りの外れに住んでいます。わたくしの母は、踊りのお師匠さんをしております。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします」   育ちの良さからか、どこか浮き世離れした振る舞いに言葉遣い。  なんだか、一気に、ほっこりした空気に包まれるのが判った。  「新入りにしちゃぁ、まずまずってとこか」  次郎は、ちろりとアルに視線を送り、言葉を繋げた。 「自己紹介も終わったことだし、儂の縄張りへ来て貰おうか」
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