しっぽのきもち

4/10
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「アルくん、見てください。今夜の月は、普段にも増して素晴らしいです!」  今日は、人間の言葉で言うと、中秋の名月と言うらしい。 「はい。心なしか、大きく見えませんか。それに、黄色も鮮やかで」  アルも、謙信の言葉に大きく頷く。  今日は、二回目の満月の夜の集会だった。  先月は、ねずみ取りの実習だったが、結局、キング一人の活躍で終わってしまっていた。  そして巡ってきた、満月の夜。  暑い夏に耐え、ようやく涼しくなり、本格的な活動を再開する時でもあるので、今日の集会は特別なのだ。 「お前ら、ちゃんとブツは持参したんだろうな?」  次郎の言葉に、皆が頷いた。 「もちろんですよ~! さぁさぁ見てください、次郎さん」  謙信は、手に提げた包みを次郎の目の前に置いた。 「凄いですよ~、びっくりしちゃいますよ~」  包みを置いただけで、なかなか開けようとしない謙信に、次郎が毒づく。 「いいから、さっさと開けろ!」 「ふふふ、それでは…ジャーン!」  出てきたのは、魚の干物に、マグロのお刺身だった。 「うちのお店の残り物ですが、凄いでしょ?」  得意げな謙信の言葉に、ドールが馬鹿にしたように笑う。 「庶民はコレだから仕方がないわねぇ」  言ってドールは、やけに派手な模様の包みをシュルリと解いた。  すると、出てきたのは、はさみのような物や長いトゲトゲの足みたいな物が、丸くて赤い塊から出ている変な物体だった。 「……何ですか、コレ」  謙信が、恐る恐る手で触れている。 「あなた、知らないの? 蟹よ、カ・ニ! パパが、大学の学会で北海道へ行ってきたのよ。これは、そのお土産」  ドールの言葉に、今度は謙信がポンと手を叩く。 「これが、本物の蟹なんですね! 僕は、足しか見たことがなくって。足だけなら、お店でも時々出しますから」  美味しいですよね~とか言いながら、謙信が蟹の甲羅をつついた。 「僕は、これです」  紙袋の中から出てきたのは、尾頭付きの煮干しだった。  白くて四角い建物に住んでいる人間のお婆さんが、アルを見かけると、服のポケットから煮干しを出して、食べさせてくれるのだ。  滅多に貰える物ではないので、全部は食べないで、大事に取っておいた物だった。 「すみません、ありきたりの物で」  肩をすくめながら、アルは言った。 「まぁ、良いんじゃないか?」  次郎は、煮干しを一本手に取ると、ぽいっと口に放り込んだ。 「わたくしは、これを持って参りました」  華は、薄紫色の風呂敷包みを取り出すと、皆の前に出した。  丁寧に包まれている包みを解くと出てきたのは、鳥のささみを茹でたものだった。 「体に良いからと、母がおやつに下さるのです。先日、ささみが安かったと、母がたくさん買ってきて作っていたので、貰って参りました」  鶏のささみは、丸ごとではなく、細かく割いてあるところは、さすがお嬢様と唸らずにはいられない。 「お前は、何を持ってきたんだ」  次郎は、最後まで残っていたキングに声を掛けた。 「不健康な生活、偏った食事は長生きせんぞ」  バサッと放り出したのは、試供品のキャットフードだった。 「うちには、腐るほどあるからな」  動物病院なんだから、それは当然だろうという周りの空気はしっかり無視して、キングは袋を開けると、キャットフードをつまみ始めた。 「おい、まてまて、まだ早いぞ」  次郎は、キングから袋を取り上げると、宣言した。 「つまみも出そろったところで、ほれ」  次郎が持ってきたのは、マタタビ酒だった。 「今日は無礼講だ!」  次郎のかけ声とともに、満月の晩の宴が始まった。  まん丸のお月様が天高く登る頃。  それぞれが持ち寄ったつまみを肴に、どんちゃん騒ぎが続いていた。 「アルく~ん、飲んれますかぁ? カニも、ささみも、煮干しも、大変おいひいです~」  お酒、おかわり~とか言いながら、すでに手酌で飲んでいる陽気な謙信に、キングにぴったりくっついているドール。  華は、みんなの所へ、お酌をしながら周り、話が弾んでいるようで。  そんな様子を、ほろ酔い気分のアルは、ちょっと面はゆい気持ちで眺めていた。 「なんだか、楽しいなぁ」  思えば、放浪していた頃の自分がどこか懐かしく、あの時は、早く家に帰りたいと願っていたのに、今は、こんな生活も悪くないと思い始めている自分に、アルはハッとさせられた。  帰りたくないと言えば、嘘になる。  帰る家のある彼らが時々、ちょっと羨ましく思えるときがあるのも、また事実だった。 「でも、今はこれで、十分幸せだから」  そう独りごちると、アルは、おちょこに残ったお酒をクイッと飲み干した。  すると、席を外してきたらしいキングが、アルの傍らへとやってきた。 「キングさん、今日は、ありがとうございました」  アルは、空になっているキングの杯へ、マタタビ酒を注いだ。 「いや、俺も、久しぶりに楽しい気分だ」  キングはそれをチビリと飲むと、アルを見た。 「アル。以前から気になっていたことがあるんだが」  キングは、ちょっと迷うような素振りを見せたが、意を決したように言葉を続けた。 「うちの動物病院の掲示板に、お前らしき猫を探しているという張り紙がしてあるのだ」  キングの話によると、その張り紙が貼られたのは、一ヶ月ほど前の事らしい。  ちょうど、猫集会に参加してくれそうな猫を探しに、アルが動物病院に姿を現すようになった頃の事だから、よく覚えているのだという。 「ただ、そこに書かれた名前が違う。アルではなく、アレックスと言うのが、お前の本当の名前ではないのか?」  自分は、アルではなく、アレックス。  遠い記憶を辿れば、確かに、そんな名前で呼ばれていたような。 「…確かに、ご主人様が、アレックスは呼びにくいからと、いつの頃からかアルと呼んでいたかも」  困惑気味に呟くアルに、キングが言った。 「明日、動物病院へ来て、確認してみろ」  その言葉に、彼は大きく頷いた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!