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「アルくん、見てください。今夜の月は、普段にも増して素晴らしいです!」
今日は、人間の言葉で言うと、中秋の名月と言うらしい。
「はい。心なしか、大きく見えませんか。それに、黄色も鮮やかで」
アルも、謙信の言葉に大きく頷く。
今日は、二回目の満月の夜の集会だった。
先月は、ねずみ取りの実習だったが、結局、キング一人の活躍で終わってしまっていた。
そして巡ってきた、満月の夜。
暑い夏に耐え、ようやく涼しくなり、本格的な活動を再開する時でもあるので、今日の集会は特別なのだ。
「お前ら、ちゃんとブツは持参したんだろうな?」
次郎の言葉に、皆が頷いた。
「もちろんですよ~! さぁさぁ見てください、次郎さん」
謙信は、手に提げた包みを次郎の目の前に置いた。
「凄いですよ~、びっくりしちゃいますよ~」
包みを置いただけで、なかなか開けようとしない謙信に、次郎が毒づく。
「いいから、さっさと開けろ!」
「ふふふ、それでは…ジャーン!」
出てきたのは、魚の干物に、マグロのお刺身だった。
「うちのお店の残り物ですが、凄いでしょ?」
得意げな謙信の言葉に、ドールが馬鹿にしたように笑う。
「庶民はコレだから仕方がないわねぇ」
言ってドールは、やけに派手な模様の包みをシュルリと解いた。
すると、出てきたのは、はさみのような物や長いトゲトゲの足みたいな物が、丸くて赤い塊から出ている変な物体だった。
「……何ですか、コレ」
謙信が、恐る恐る手で触れている。
「あなた、知らないの? 蟹よ、カ・ニ! パパが、大学の学会で北海道へ行ってきたのよ。これは、そのお土産」
ドールの言葉に、今度は謙信がポンと手を叩く。
「これが、本物の蟹なんですね! 僕は、足しか見たことがなくって。足だけなら、お店でも時々出しますから」
美味しいですよね~とか言いながら、謙信が蟹の甲羅をつついた。
「僕は、これです」
紙袋の中から出てきたのは、尾頭付きの煮干しだった。
白くて四角い建物に住んでいる人間のお婆さんが、アルを見かけると、服のポケットから煮干しを出して、食べさせてくれるのだ。
滅多に貰える物ではないので、全部は食べないで、大事に取っておいた物だった。
「すみません、ありきたりの物で」
肩をすくめながら、アルは言った。
「まぁ、良いんじゃないか?」
次郎は、煮干しを一本手に取ると、ぽいっと口に放り込んだ。
「わたくしは、これを持って参りました」
華は、薄紫色の風呂敷包みを取り出すと、皆の前に出した。
丁寧に包まれている包みを解くと出てきたのは、鳥のささみを茹でたものだった。
「体に良いからと、母がおやつに下さるのです。先日、ささみが安かったと、母がたくさん買ってきて作っていたので、貰って参りました」
鶏のささみは、丸ごとではなく、細かく割いてあるところは、さすがお嬢様と唸らずにはいられない。
「お前は、何を持ってきたんだ」
次郎は、最後まで残っていたキングに声を掛けた。
「不健康な生活、偏った食事は長生きせんぞ」
バサッと放り出したのは、試供品のキャットフードだった。
「うちには、腐るほどあるからな」
動物病院なんだから、それは当然だろうという周りの空気はしっかり無視して、キングは袋を開けると、キャットフードをつまみ始めた。
「おい、まてまて、まだ早いぞ」
次郎は、キングから袋を取り上げると、宣言した。
「つまみも出そろったところで、ほれ」
次郎が持ってきたのは、マタタビ酒だった。
「今日は無礼講だ!」
次郎のかけ声とともに、満月の晩の宴が始まった。
まん丸のお月様が天高く登る頃。
それぞれが持ち寄ったつまみを肴に、どんちゃん騒ぎが続いていた。
「アルく~ん、飲んれますかぁ? カニも、ささみも、煮干しも、大変おいひいです~」
お酒、おかわり~とか言いながら、すでに手酌で飲んでいる陽気な謙信に、キングにぴったりくっついているドール。
華は、みんなの所へ、お酌をしながら周り、話が弾んでいるようで。
そんな様子を、ほろ酔い気分のアルは、ちょっと面はゆい気持ちで眺めていた。
「なんだか、楽しいなぁ」
思えば、放浪していた頃の自分がどこか懐かしく、あの時は、早く家に帰りたいと願っていたのに、今は、こんな生活も悪くないと思い始めている自分に、アルはハッとさせられた。
帰りたくないと言えば、嘘になる。
帰る家のある彼らが時々、ちょっと羨ましく思えるときがあるのも、また事実だった。
「でも、今はこれで、十分幸せだから」
そう独りごちると、アルは、おちょこに残ったお酒をクイッと飲み干した。
すると、席を外してきたらしいキングが、アルの傍らへとやってきた。
「キングさん、今日は、ありがとうございました」
アルは、空になっているキングの杯へ、マタタビ酒を注いだ。
「いや、俺も、久しぶりに楽しい気分だ」
キングはそれをチビリと飲むと、アルを見た。
「アル。以前から気になっていたことがあるんだが」
キングは、ちょっと迷うような素振りを見せたが、意を決したように言葉を続けた。
「うちの動物病院の掲示板に、お前らしき猫を探しているという張り紙がしてあるのだ」
キングの話によると、その張り紙が貼られたのは、一ヶ月ほど前の事らしい。
ちょうど、猫集会に参加してくれそうな猫を探しに、アルが動物病院に姿を現すようになった頃の事だから、よく覚えているのだという。
「ただ、そこに書かれた名前が違う。アルではなく、アレックスと言うのが、お前の本当の名前ではないのか?」
自分は、アルではなく、アレックス。
遠い記憶を辿れば、確かに、そんな名前で呼ばれていたような。
「…確かに、ご主人様が、アレックスは呼びにくいからと、いつの頃からかアルと呼んでいたかも」
困惑気味に呟くアルに、キングが言った。
「明日、動物病院へ来て、確認してみろ」
その言葉に、彼は大きく頷いた。
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