しっぽのきもち

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 今日は、猫集会の日だった。  あれ以来、キラキラ動物病院の近くへは行っていない。  自分を兄さんと呼んだ、あの猫の事。  自分を探す、家族のこと。  一度に色々なことが起きて、自分でも心の整理が付かないと言うのが正直なところだった。  タコの遊具の頭の上で、アルは、今日何度目か判らない大きなため息を付いた。 「どーしたんですかー、アルさん。大きなため息なんかついちゃって」  謙信が、アルの横へとやって来る。 「なんだ、謙信君ですか」  素っ気ない返事に、今度は謙信が怪訝そうな顔つきになる。 「なんですか、それ。今日は満月の晩ですよ。もっとこう、楽しく出来ないもんですかねぇ。私は、月に一度のこの集まり、いっつも楽しみにしてるんですから~」  言いながら、謙信は持ってきた紙袋をうやうやしく捧げ持った。 「ふふふ。今日のおつまみは、イカの一夜干しでーす」  嬉しそうな謙信の姿を、どこか他人事のように眺めると、アルは再び大きなため息をつく。 「あの…どうかしました~?」  謙信が、心配そうに顔を覗き込んだ。  アルは、事の次第を話して聞かせた。 「そうだったんですか。まぁ、喜ばしい事じゃありませんか。上手くいけば、家に帰れるんですからねぇ」 「…それは、そうだけど」  どこか元気のないアルの横に、謙信は、寄り添うように腰を下ろした。  今夜キングが来れば、すべてのことが判るのかもしれない。  兄さんと呼んだあの猫の事も、自分の家のことも。 「帰りたくないと言えば嘘になる。だけど、僕を助けてくれた次郎さんを置いて、帰って良いんだろうかって。次郎さんは、命の恩人なのに」  再び大きなため息をつくと、アルはがっくりと肩を落とした。  すっかり気落ちしているアルに、謙信は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、次の瞬間、けたけたと笑い始めた。 「何言ってるんですか! アル君。なんか、人間みたいな考え方するんですねぇ」  なおも笑い続ける謙信に、アルは、むっとした表情を浮かべる。 「何がおかしいんですか?」  自分はこんなに悩んでいるのに、それを笑いごとで済まされたことに、アルは思いっきり不機嫌な表情になる。 「だってぇ、家に帰ればいいじゃありませんか~。何か問題あります?」  アルは、意味が解らないと目を瞬かせる。 「僕にも、キングさんにも、華さんにも、ドールさんにも、帰る家がちゃんとありますよ」  その言葉に、アルは深く頷く。 「次郎さんだって、ここに、帰る場所があるじゃないですか」  謙信は、四角くて白い建物を見まわしながら言う。 「アル君もそうです。今は、ここが帰る場所だけど、ご主人様が見つかって家に帰ることが出来ても、またここに来れば良いじゃないですか。ここが僕らみんなの大切な場所になるじゃないですか」  みんなの大切な場所。 「アル君、家に帰ったら、二度と外へ出ないんですか? もう猫集会には来ないんですか? そんな薄情な猫(ヤツ)だったんですか?」  謙信の大きな瞳が、アルの瞳をグッと掴んだ。  瞬間、アルのほっぺたに、猫パンチが飛んできたのだ。 「そんなこと、ありませんよねぇ」  謙信の顔には、満面の笑顔が浮かんでいる。 「…ありません」  アルは、我に返ったかのように呟いた。 「そんなこと、ありません!」  お返しとばかり、今度はアルが、謙信のほっぺたに猫パンチを繰り出した。  二人は見合ったまま、お互いに猫パンチを繰り返しながら、その笑い声は、どんどん大きくなる。 「キングさん、早く来ないですかねぇ。私、その猫の事、早く知りたいですよ」 「僕の妹かも知れないんですからね。手、出さないでくださいよ」  その言葉に、謙信が手を振る。 「バカ言っちゃあいけません、私。女子に興味ありません」  グッと、謙信の瞳がアルの瞳を捉える。 「えっ、えっ!?」  じわじわとにじり寄る謙信に、アルは思わず後ずさる。 「私は、殿、一筋ですから」  言って、アルの鼻先へぷにっと肉球を押しつけた謙信だったが、ふっと、彼の後ろの方へ視線を送った。  そこには、わなわなと肩を震わせながら立っている、キングの姿があった。 「殿~」  黄色い声を上げながら、謙信がキングの元へと走り寄っていく。 「気持ち悪い~離れろ~!」  キングの強烈な猫パンチを食らいながらも、こんなことでめげる謙信ではない。  今度は、通りの向こうから物凄い勢いで走ってくる、ドールの姿があった。 「ちょっと~、キング様に何するのよ!!」  あっという間に、アルの目の前をドールが走り抜け、キングと謙信の間へと割って入る。 「あなた、図々しいわね。キング様から離れないさいよ」  三つ巴の攻防戦を目の当たりにして、アルは呆れながらも、微笑ましい気持ちになる。 「仲がいいのか悪いのか、いつも賑やかですわね」  聞き覚えのある声に、アルは振り返る。 「華さん」  口元を押えながら、ふわふわと笑う華に、アルもにっこり笑った。 「キングさんからお聞きましたよ。お家の方が、アルさんを探してらっしゃるって」 「はい。この前、キングさんの動物病院へ行って、張り紙を見てきました」  その時、自分の妹らしき猫に遭遇したこと、その後どうなったのか、キングさんに聞きたいけど、この状況では聞くに聞けないのだと、アルは苦笑いしながら話した。 「それなら心配はいりません」  華は、ゆっくり振り返ると、暗闇に向かって声を掛けた。 「さぁ、こちらへいらしてください」  暗闇の中から、一匹の猫が現れた。  眉間のM文字。  くっきり引かれた、目元のライン。  背中のバタフライ模様に、脇腹の渦巻き模様。  まっすぐに伸びたしっぽは、ピンと立っている。  その姿は、まるで自分に生き写しだった。 「兄さん」  聞き覚えのある声に、アルは、まじまじとその猫を見つめた。 「あの時の…」 「そうです。先ほどアルさんがおっしゃっていた方ですよ。さ、麗菜さん」  華に、そっと背中を押され、ちょっと躊躇いながら、彼女は頷いた。 「良かった。兄さんに逢えて」  一歩二歩と歩みを進め、麗菜はアルの前に立つと、安心したように笑った。 「ずっと、兄さんに謝りたかったの。そのしっぽのこと」  アルはくるりとしっぽを見た。 「痛かったでしょう? 兄さん、優しいから。私がじゃれてしっぽに噛みついても、何も言わないんだもの。兄さんのしっぽが曲がってしまったのも、私のせいだって思ってた」  今までずっと抱え込んできた思いを、一気に押し出すように、彼女は話した。  そんな物言いに、アルは、大きく首を振る。 「そんなことないよ。この曲がったしっぽのおかげで、僕のご主人様の事だって判ったんだから。それに、思い出したんだ。ご主人様が僕を家につれていくときに、言ってた言葉」 (この猫は縁起がいい。鍵しっぽは、そのしっぽに幸運を引っ掛けてくるって言うからね) 「もう気にしないで。麗菜のせいじゃないんだから、ね」  アルはそう答えると、ポンと彼女の背を叩いた。  その言葉に、彼女は大きく頷く。 「こうして兄さんに逢えて、本当に良かった」  心につかえていたものを全部吐き出した後の彼女の笑顔は、本当に清々しかった。 「華さん、今日はありがとうございました」  深々と頭を下げる彼女に、華は首を振る。 「そんな、わたくしは何も。ただキングさんに頼まれただけなのですから。男の自分が行くよりも、わたくしの方がいいとおっしゃって」 「そうですか。キングさんが…」  キングを挟んで、まだ大騒ぎの真っ最中の様子を眺めて、アルはひとりごちた。 「さあ、麗菜さんも一緒に参りましょう」  華は、彼女の手を取る。 「いつまでやってるんですかねぇ、もう。謙信君もドールさんも、そのくらいにしてくださいよ!」  アルがそう声を掛けたとき、暗闇の向こうから、次郎が現れた。 「ったく、何の騒ぎだ。うるさくて叶わん」  カリカリと頭を掻くと、次郎が彼らの間に割って入った。 「おらおら、お前ら、いい加減にしろ。せっかくの宴会が台無しだ」  次郎の仲裁により、ようやく騒ぎが収まると、次郎が声高らかに宣言した。 「さぁ、今夜も無礼講だ!」
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