しっぽのきもち

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 銀杏並木の葉が、黄色く色づき始めていた。  花壇に植えられたコスモスの花は、去りゆく秋を惜しむかのように、ゆらゆらと揺れている。  キングから、アルを探す内容のチラシが掲示板から外されたことを聞き、それを確かめるため、アルは、キラキラ動物病院への道を急いでいた。  通りを行くときには、植え込みの中や、背の高い花々の植えられた花壇の中を通ったりして、なるべく人間に会わないように気を付けながら歩いた。  やがて、キラキラ動物病院の前へたどり着くと、一度、植え込みの中へ身をひそめ、院内の様子を伺う。  キングは、その大きな体を受付台いっぱいに伸ばし、寝そべっている。  ゆらゆらと大きく揺らす尻尾の様子で、彼がのんびり寛いでいるのが判った。  アルは、そっと植え込みから顔を出し、じっとキングを見つめた。  すると、気配を感じてか、ゆらゆらと揺れていたキングの尻尾が、不意に止まる。  ゆっくり首をもたげると、ちらりとアルを見た。  それに答えるように、アルは小さく頭を下げ、そっと植え込みから出ると、ガラス窓へと近づいた。  キングも受付台から飛び降りると、ガラス窓の方へ近づいてくる。  この前の時のように、掲示板へ目をやると、この前まであった、アルを探すチラシが無くなっていた。 「ほんとだ…」  瞬間、アルは、複雑な気持ちになった。  すると、キングが言う。 「ここにチラシを貼れるのは三か月間だけだ。でも、おまえの主人は、さらに一か月延ばしてほしいと頼んでいたがな」 「…そう、ですか」  そう呟いて、アルはハッとした。 「ちょっと待ってください。頼んでいたって、キングさん、僕のご主人様に会ったことがあるんですか?」 「チラッと見ただけだがな」  その言葉に、アルは激しく動揺した。  ご主人様はもう、自分の事を諦めてしまったのか。  そうであって欲しいと思う自分と、そうであって欲しくないと思う自分と。  色々な感情が無い混ぜになって、アルの心を激しく揺さぶった。  次郎さんや他の仲間と過ごしてきた時間が、もう自分の中では、かけがえのない大事な時間になっているのは確かだ。    帰りたくない。  真っ先に、アルはそう思ってしまったのだ。  複雑な思いで、アルはじっとキングを見た。 「…どうするんだ」  まっすぐなキングの瞳を見つめた。 「やっぱり、僕・・・次郎さんと一緒にいたいです」  そう呟いた瞬間だった。 「見て! あの子、アレックスじゃないの?」  遠くから、人間の声がした。  ハッとして振り返ると、通りの向こうに、二人の親子連れの姿が目に入った。 「麗ちゃんのママが言ってた通りだったよ! アル! 逃げないで! アル!」  小学生くらいの女の子が、アルを指さし走ってくる。  アルは弾かれたように、反対方向へと走り出した。 「待って~! アル~!」  その声を無視して、アルは走り出した。  その瞬間、アルのすぐ横に茶色の物体が近づき、一緒に走り出した。 「次郎さん!」 「お前は何をやってるんだ!! さっさと家へ帰れ!」  横断歩道の手前を右に曲がり、すぐの植え込みの中へと二匹は飛び込んだ。 「次郎さん!! 僕は、次郎さんと一緒に、タコ公園で暮らします」 「せっかく、主人が探しているのに、なぜ戻らん」  次郎は言いながら、アルの頬に強烈なパンチを繰り出した。 「僕は、この生活が気に入ってるんです。まだまだ次郎さんに、色々な事を教えてもらいたいです。ネズミの取り方とか、いろんなっ」  言いながら、アルの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。 「お前には、帰れる家がある! 心配して探してくれる家族もいる! 何が不満なんだ!」  次郎は、なおも続けた。 「俺には、帰れる家もない。探してくれる家族も…。もう、この世にはいない。俺は、あそこにいるしかないんだ!」  アルの首根っこを掴み、次郎は震える声で言い放った。  刹那、次郎は、アルを植え込みの外へと放り投げた。  もんどりうって、無様にもひっくり返ったアルだったが、まるで固まったように体が動かない。 「……次郎さん」  次いで、次郎は植え込みから飛び出ると、アルに向かって、威嚇するように唸った。  一度は見失ってしまったが、猫の声に気づいた女の子が、慌てて駆け寄ってくる。 「アルをいじめないで!!」  女の子は、ひっくり返っているアルを抱き上げると、次郎に向かっていく。 「しっし!!」  次郎は、すぐに臨戦態勢を解くと、ふいっと踵を返した。 「次郎さん!! 次郎さん!!」  アルは、声を限りに叫んでいた。  飼い主がこっちへ来るようにと、次郎はわざと大げさに威嚇し、注意をひきつけたのだ。  抱き上げられた腕の中で、アルは、通りの向こうへと消えていく次郎の姿を、ただ見送ることしかできなかった。
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