2 Disaster

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2 Disaster

「そういえば、ウィズが呼んでいましたよ」 ハルはこの世界の頂点に君臨するロボット様に唯一仕えているメイドだ 友人として接したいからか、彼女だけは「ウィズ」と短く呼んでいた。 彼女の態度をなれなれしいと文句を言う研究員もいたことにはいた。 しかし、ハルのあだ名に関する文句はディザスターから一言も聞いたことがない。 つまり、悪く思っていないのだろう。 ハルはディザスターと情報を共有し、研究員に伝える橋渡し役も負っている。 彼女を失ってしまえば、俺たちはどうすることもできなくなる。 「で、何用なんだ? メンテナンスはこの前したばかりだろ」 ロボット様曰く、ここにいる研究員の中で俺が一番話しやすいらしい。 誰にでも平等に接しているように見えるのだとか。 全然そんなことはない。 嫌いな奴もいるし、避けたい上司もいる。 人間の場合は陰口か、もしくは嫌がらせで終わる。 だが、こいつは俺に銃口を向けている。 不快な気分にさせるような真似でもすれば、家に着く前に殺されてしまう。 正直なところ、普通に仕事をしていた方がよほど楽だ。 夢の中で俺がしていた、よく分からない無茶ぶりみたいなトークに付き合わされることも多々ある。 世界中を見ているからか、よくも悪くも目につく点が本当に多いらしい。 「私も伺ったのですが、こればかりは理解できないものでしたので。 マスター、どうかお願いします」 ハルに聞いても分からなかったのなら、俺なんてなおさら役に立たないのではないだろうか。 そう思いながら、俺はディザスターの下へ向かった。 まあ、仕事を抜けるいい口実になっているのは確かなんだけどな。 「よお、ディザスター。元気か?」 「おはようございます、同志。 朝早くからありがとうございます」 ガラスケースの中には、巨大な黒い立方体が収められていた。 世界中から膨大なデータを収集し、思考する巨大な脳みそだ。 手前の液晶には少女の形をした細かな結晶体が映されていた。 ハルと会話するために、わざわざ設置するよう頼まれたものだ。 人型のほうがお互いにやりやすいらしい。 「ハルに聞いても分からないことを俺に聞きたいんだってな?」 「ええ。どうか聞いて欲しいのです」 少女が頭を下げた。 ここまでするなんて、めずらしいな。 「ここのところ、変な夢を見ると訴えている人が何人もいるのです。私自身も調査をしたのですが、原因が見つかりませんでした」 「そっちで原因が分からないんなら、どうしようもできないんじゃないか?」 「ですから、細かい調査をお願いしたいのです」 デバイスにデータが送られてきた。仕事が本当に早い。 睡眠環境や夢の内容と、細かい項目が延々と続いている。 世界中の人々を監視できても、個々人の意思を汲み取る作業がディザスターの苦手な分野だった。感情が分からないディザスターだからこそ、毎日のように虐殺を行えるのだろう。 「まずは研究員を中心にアンケートを行い、それを基に私が集計して仮説を立てます。その後は一般市民にも範囲を広め、対応していきたいと思います」 「ずいぶんやる気じゃないか」 「異変は異変ですからね。 この後すぐに同じデータを全職員に配布します」 「ま、俺たちのほうでも調べられることは調べてみるさ」 「ご協力ありがとうございます。 いい結果が得られるよう、最善を尽くしましょう」 いい結果ねえ。 人を散々殺しておいて、何を今更。 口から出かけた言葉の代わりに、俺はため息をついた。 *** 突如始まったディザスターによる一斉調査に、他の研究員も不思議がっていた。個々人の状態など興味を示さないと思っていたからだ。 逆に言えば、調査をしなければならないほどの何かが起き始めている。 データ収集を積極的に行う様子に触発されたのか、送られてきたアンケートにすぐに反応した。 俺が見た夢も書き込んどいたほうがいいのだろうか。 まあ、別に誰かに話しても困る内容でもない。 適当に書き込んで、データを送信した。 「夢かあ……不思議なことを聞いてくるもんだね」 デバイスを片手にエルダがつぶやいた。 彼女はディザスターに自律思考を与えるきっかけを作った人物だ。 悪魔のような発想だと当時は非難されたものの、実装された途端に評価はひっくり返った。 人間が制御する手間がないから、他の研究に集中できる。 人間でも気づかないところを自分で判断し、修正してくれる。 本当に楽をすることができた。 そのシステムがなければ、ここまでの進歩はなかった。 彼女も英雄となった人物の一人だ。 『いちいち制御するの面倒だから、ロボットに一任しちゃえば?』 そんな軽い一言から計画は始まった気がする。 「一体、何があったんだろうね」 「さあな。アイツ自身が夢でも見たんじゃないか?」 「君にしてはおもしろいこと言うじゃないか。 スリープ状態で見ていたのかもしれないね?」 文字通り、眠っている間に夢を見るというのか。 それもそれで不思議な話だ。 夢は脳が情報処理をしている際に現れたノイズのような物だ。 自分の記憶をランダムに繋ぎ合わせるから、変な夢を見る。 あの夢もロボット様との会話を繰り返しているうちに、作り上げられたものなのだろうか。
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