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自動ドアが開いて一歩外に出る。すっかり暗くなった9月の夜に、秋の虫の大合唱が聴こえてくる。でもその方向は判然としない。なにしろ、見渡す限りの霧なのだ。だだっ広い駐車場には街灯があったはずだがそれは姿を見せず、暗闇に浮かぶ光の中心だけがその存在位置を示している。
月の光も、星の光も見えやしない。そもそも夜空があるかだって怪しいものだ。ある日突然、空は無くなりました。そう言われてもおかしくないくらいの、むせかえるような、霧。
その中にかろうじてぼんやりと浮かび上がるグレーのセレナは、7人乗りのはずなのにあまりに頼りなく見える。
「霧が引くまでうちの休憩室で待ちますか?」
「良いんですか?じゃぁ少し休ませてもらって……」
「いや、良い。」
横でダルそうに見上げていた龍晶が、ピシャリと言い放つ。
「え、だって私……」運転、やだよ?こんな……
行きは茉央の運転だった。その間、助手席の龍晶は論文を読むのに没頭していて、一切口をきいてくれなかった。車は研究室の持ち物で、院生なら誰でも運転が出来るようになっている。茉央は助手席で手持ち無沙汰になるのも嫌だったので運転を担当したが、まさか龍晶があんなに気が利かないとは思わなかった。曲がりなりにも彼氏なのに。こんな霧の中、行きと同じように放置されたら、最後まで運転しきれる気がしない。
「俺が、運転する。」
無表情で肩を回しながら、言い切る龍晶。
「……マジ?」
「マジ。」
「へー……お願い、します。」
「ん。」
無造作に差し出された右手の上に、茉央は恐る恐る車のキーを乗せた。
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