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「何様だよ!?」、言いたい、言えない、言いたい。やっぱり、言えない……
「あの、編集長……」
あまりにも急すぎると言うか、理不尽と言うか。もはやパワハラだ。
焦る気持ちを抑えながら、言葉を選んでいると、鼻先が当たるほどにぐっと顔を近付けてきた。あまりにも突然のそれに、驚きを通り越して息が止まった。
「なあ──」
真っ直ぐに見つめられ、編集長も男なのだと改めて思った。
「キスしていいか?」
言葉が出なかった。
この人は、待つということを本当に知らないのだろうか。
答えずにいると、そっとおでこをくっつけた。
「お前のことが、好きだ」
聞いたことのない低い声に、思わず流されそうになった。そう思った次の瞬間、唇が重なった。心臓が止まるほど驚いたけれど、舌先が遠慮がちに私の舌に触れ、柔々と唇を刺激されるうちに、その心地よさに自らも求めてしまっていた。だから、あっと思った時には完全に編集長のペースだった。
頭の中はぐちゃぐちゃなのに、キスがうまいと思った。正直、これが反則でないなら何が反則だと言うのだろう。
普段なら不快でしかないたばこの匂いすら、この状況に似合いすぎている気がして、むしろありだと思った。それも、ものすごく。
しばらくして、唇をついばむようにしながらゆっくりと離れるから、そろそろとまぶたを持ち上げた。
視線がぶつかった瞬間、まるで恋人にでもするかのように、軽く唇を押し付けられた。その不意打ちは、またしても反則だと思った。
「……で、どうなんだよ?」
どうかすれば腰が抜けそうなのに、相変わらずの口調でそう聞かれ、正直、頭が回らない。できることなら、五分前まで時間を戻してほしい。そうすれば、今よりもまともな思考で判断ができそうな気がする。とは言え、後悔しているのとは少し違った。
「俺の事、知りたいんだろ」
頷きそうになり、咄嗟に思いとどまった。
そもそもの論点が、少し、いや、だいぶずれてしまっている気がして、そこでようやく冷静になる。
「あの……」
ようやく出た声は、自分でも驚くほど弱々しいものだった。
小さく咳払いをする。
「正直、付き合うとかそういうのは、やっぱりまだ、分からないです」
「お前とのキス、めちゃくちゃ良かったんだけど」
そんなにはっきりと言われると反論に困る。と言うか、いつの間にか「お前」と呼ばれている事に心がざわついた。もちろん、悪い意味でのそれではない。
次第に、ずれた論点の方が正しいのではなかと勘違いしそうになる。
「もっとキスしたいって思えたなら、それが答えだろ」
無茶苦茶な事を言うと思ったけれど、あながち間違いでもない気がした。
「とりあえず、俺にしとけ」
答えるより先にそんな事を言うものだから、ほとんど無意識に、というか、いつもの癖でついつい「はい」と返事をしていた。
「もう、五分前には戻れないからな」
そう言うと、優しく唇を押し付けながら、小さく笑った。
正直、こんなドエスは初めてだった。だけど、こんなドエスも悪くないと思ってしまった。
完
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