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編集長に連れてこられたのは喫煙所で、たばこを吸わない私からすれば全く好きな場所ではない。私の知る限り、編集長はヘビースモーカーだ。もちろんそこに関しては個人の自由なのだけれど、せめて電子たばこに変えてくれと、こんな時は余計にそう思う。
慣れた手つきでたばこに火をつけ、天井に向かって大きく息をついた。一応は、気を遣ってくれているのだろう。
「鈴木の友達に告白されたって聞いたけど、本当か?」
告白された事と、鈴木の友達がつながらず、顔だけで聞き返す。そうしながら、数秒後にはっとなった。
「あ、あの人、鈴木くんの友達なんですか?」
「まあ、そうなんじゃないか? 俺は鈴木とそいつが市ノ瀬のことを話してるのをたまたま聞いただけだから」
「そう、ですか。何て言うかその、告白なんてされたの初めてで、だから、めちゃくちゃ動揺したって言うか、どうすればいいか分からなくてずっと考えてて。それで、あんな企画書になってしまったと言うか、なんと言うか……」
いつの間にか話がすりかわっている気がしたけれど、この際、その彼には悪いけれど、言い訳の理由にさせてもらった。ただ、ほとんど賭けだった。関係ないと言われれば、それまでだ。
違う意味での緊張感が走る。
「……で?」
予想外の言葉に瞬間頭が真っ白になる。
で、なんなのだろう。
「だから?」
続けてそう言われ、これは確実に言い訳に対する「だから?」なのだと思った。
──負けた。
そもそも編集長に勝てるとは思ってなかったけれど、秒殺もいいところだ。
「あの、関係ないことを言い訳にしてすみませんでした。あれは完全に私のミスで、その、すみませんでした」
編集長の吐き出した煙にむせそうになり、顔をしかめないようどうにか我慢していると、頭の上でふっと笑われた気がした。
幻聴が聞こえるほど、今この瞬間にもものすごいストレスがかかっているのだと思うと、そろそろこの仕事に見切りをつけ、心穏やかに頑張れる仕事に再就職するべきなのだろうか。
──悩ましい。
手持ちぶさたでただただ自分の足元を見つめていると、編集長がたばこをもみ消しているのが分かった。すぐに喫煙所から出ると思い、お先にどうぞと一応の手振りをつけてそうしたけれど、編集長はそこで立ち止まっている。
ようやく顔を上げると、なんとも言えない表情で私を見下ろしていた。
「編集長?」
物言いたげに見えるけれど、気軽に聞けないのがもどかしい。
「……だからその、鈴木の友達とはどうなったんだよ?」
低い声にいちいち心臓が痛くなる。
「何も、ないですよ。告白されて、その場で丁重にお断りしましたので。だから別に、付き合うとか、そういったことはないです」
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