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編集長のご機嫌を伺うように、言葉を選びながら説明する。
「市ノ瀬ってさ、意外とモテるよな」
「はいっ!?」
心の声がそのままでてしまった。「意外に」、が引っかかるけれど、それよりも、私がモテるとは、一体何がどうなればそんな話が出てくるのか意味が分からなかった。
友達に聞くみたいに、根掘り葉掘り詰めて聞きたいのに、聞けないもどかしさが再びやってくる。
「あの、何かの聞き間違いじゃないですか? 今回の事だって、たまたまだと思いますし、別にだからって、それがモテてるとは言いにくいかと……」
ものすごく遠慮がちに反抗してみると、ため息まじりに私の方へ詰め寄るから、思わず背筋がしゃんと伸びる。
「……俺はめちゃくちゃ焦った」
「どうして編集長が焦るんですか?」
「市ノ瀬が告白されたって聞いたから」
「どういう意味ですか?」
私の質問に苛立つような表情を見せながらも、いつものそれとはどこか違うようにも見えた。
「だから、市ノ瀬がそいつと付き合うことになったら困るからだよ」
「どうして編集長が困るんですか? うちの会社、社内恋愛禁止でしたっけ?」
言い終わるよりも先に、睨まれた、ような気がした。私が新入社員なら、間違いなく本日付の辞表を書いている。
「気付けよ……」
もはや、聞き返すのも躊躇ってしまった。もう一度睨まれたら、さすがに本気で辞表が頭を過る。
両者一歩も譲らない、とは少し違うけれど、どうして分からないんだと言いたげな編集長と、何に気付けばいいのか分からない私たちの間には、無言の押し問答が繰り広げられているようだった。
「市ノ瀬のこと──」
短く息を吐いた。
「気になってることをだよ」
正直、すぐにはその言葉の意味が分からなかった。けれど、何を言われているのか気付いた瞬間、声にならない声が出た。それも、遠慮なく、自分でも驚くほどだ。
「えっと、それはその、あの……」
本日二度目の告白は、色んな意味で一度目をはるかに上回った。
「俺、市ノ瀬のことが好きだ」
「マジっすか!?」、なんて気軽に言えないけれど、言いたい。言えない。ものすごく言いたい。
喉のあたりがモゾモゾするのを出来る限り気にしないよう、遠慮がちに咳払いをした。
「あの、私──」
「返事は別に急がない。だけど、ちゃんと考えてほしい」
急に優しい声に代わり、今までに見た事のない顔をするから、途端に心臓が早くなる。普段、編集長の顔をまじまじと見ることなどないものだから、そんな顔をされると、編集長も人間だったのだと改めて思い知る。
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