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特に今は、恋する人間だ。こんな機会はまずないと、編集長の顔を拝ませて頂く。
前々から濃い顔だとは思っていたけれど、だから余計に顎のひげがよく似合っているし、くせっ毛がまるでパーマをあてているみたいにおしゃれに見える。めがねの跡が鼻の上に付いているのは出会った時から変わらない。それよりも、意外と身長が高いことに今さらながら気が付いた。
「いつまで見てんだよ」
言われてはっとなる。
「す、すみませんっ」
「さっきは急がないとは言ったけど、もうすでに答えが出てるんなら聞かせてくれ」
「あの、そんなにすぐ答えが出るほど、まだ何も考えていません。だからせめて、編集長のこと、もう少し知ってからでもいいですか……」
ものすごく上からな物言いをしているような気がして、次第に声が小さくなる。
「それってつまり、少しは俺に興味があるってことか?」
「……興味、なくはないです」
よくよく考えてみれば、編集長の私生活は謎だらけだ。そこだけを考えてみても、どういう生活をしているのかは気になるところだった。
「あいつのことはものの数秒で断ったくせに、俺のこと考えてくれるのは、俺がお前の上司で、断りにくいからか?」
「いえ、そういうことではなくて……」
素直に話して怒られないだろうかと一瞬悩み、これは仕事の話ではないんだからと自分に言い聞かせる。
「どうして私の事を好きになってくださったのかものすごく気になるし、それに、単純に編集長がどんな人なのか気になる、と言いますか……」
「じゃあ、少しだけ俺のこと教えてやる」
そう言うと、私の頬にそっと手を添えた。
落ち着いたと思っていた心臓が、再び暴れだす。
「俺は、お前が思ってるよりもずっと待たされるのが嫌いだ」
優しい手つきからは一ミリも想像できないようなことを言うと思った。そして、確かにそうだと思った。いつもいつも嫌がらせのようにこちらを急かせる。仕事の量に関係なく、「あと五分でなんとかしろ」は無理な話だ。それを本気で受け取ってしまった新人がどれだけ泣いたことか。もちろん冗談ではないのだろうけれど、全部が本気でもないことに、数年すれば気付かされる。けれどその数年が待てずに辞めていく人間がいるのだから、もう少し言葉を改めてほしいものだ。
「何考えてんだよ?」
はっとなり、意識を編集長に戻す。
「お前、余裕あるんだな」
更にずいっと私に詰め寄ると、添えていた手を首の後ろに回した。
「──こっちは余裕なんてないのに」
苛立ちと不安が入り雑じったような顔で見下ろされ、それがなぜだか、私の心に刺さった。簡単に言うと、ツボった。もちろん、ものすごくいい意味でだ。
歳上の男性の、こういう感じ、そう、こういう感じ。
自分だけが分かるこういう感じに、不覚くにもきゅんとしてしまった。
「……なら、あと五分で答えろ」
「は、はい!?」
「俺は、待たされるのが嫌いだって、さっき言っただろ。それから、俺のこと知りたいなら、付き合ってから教えてやる。それでいいだろ。五分だけやるから、答えろ。ここで待ってやる」
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