第一章 大永元年

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第一章 大永元年

この年、大永元年(1521)、駿河の福島正成の軍勢1万5千が、大挙して、甲斐へ侵攻。 ままたくまに富田城・勝山城を落とし、甲斐国主・武田信虎の居城・躑躅が崎館に迫った。 「甲斐府中に武田館は守りの薄き館なるぞ。人もみに押しつぶせい」 豪語する正成は、軍勢を速足行軍させて急がせたが、この中軍にいる小田原伊勢氏の援軍数十名もまた、辟易しながら走っていた。 「別当殿、まずは輿へ」 馬に乗りなれない箱根神社の別当・長綱を、小田原伊勢氏の家老大道寺八郎兵衛は輿へ誘導した。 「かたじけない。神職には無理かろうて」 汗をかきながら、烏帽子をつけた長綱は輿に乗った。 もう30歳になろうというのに、箱根神社の別当の立場に安穏として、連歌や鞍造りのみにいそしみ、先代・伊勢宗端以来の武門である小田原伊勢氏の家名に恥じる日々を送る長綱に、先代とともに戦場を疾駆してきた八郎兵衛は物足りないものを感じていた。 途中、龍地台という所で、甲斐府中方面へ放っていた物見から報告が入った。 福島軍の来襲に、甲斐府中では大騒ぎとなっており、つつじが崎の館は、女どもがこぞって、館を空にするほどに、背後の要害山へと逃れたという。 その中には身重の信虎夫人もいたという。 「それでは信虎も迎え撃つこと叶わぬだろう」 福島正成は乱波を呼べ、といい、 「甲斐府中にあまねく伝えよ。われら今川の軍勢は、都の風雅に触れたるもの。おなご・こどもには狼藉致すな、とな」 と命じた後、 「信虎夫人には、すこやかに和子を御生みなされること、この福島左衛門太夫、心より願い置くとな。おのこお生まれなされたるときは、この福島勢が、無事、申し受けて、駿河府中にてご養育致すと申し上げよ」 と豪語した。 竜地台の伊勢の休息地では、長綱の命で柵が立てられ、陣地がにわかごしらえされている。 「なにかご勘違いではござらぬか。こたびは陣地戦ではなく、おそらくは荒川河原での野戦になるかと」 福島の家来が難じると、 「すぐに出立致す。これは、われらの兵糧の置き場所とすべきものだ」 と長綱は一蹴した。 渋々、福島の家来が引き揚げると、 「わしもまだ死にたくないからな」 と意味ありげにいった。 10月16日、福島軍が荒川左岸に達すると予想に反して、飯田河原に、武田軍が陣を構えていた。 驚くことに渡河に使ったと思われる舟を何十艘もたてかけて、その隙間から大勢の将兵が出入りしているのが見えた。 「思ったよりも兵数が多そうですな」 という家来に、 「あの構えを見れば、防備一辺倒、敵は、われらの突撃を頑としてはねのけて、われらの疲れを待つつもりだ。であれば、われら、数を頼んで押し破るのみ」 と正成は言い放ち、 「まずは騎兵を突っ込ませろ」 と命じた。 福島軍の騎馬が河原を疾駆し、たてかけた舟まで達すると、武田軍は引っ込み、その前で立ち往生した騎馬へ、すぐに槍を突き出す。 刺されて落馬する騎馬武者を見て、正成は、 「何をしておる、徒士を出して、あの舟を押し倒せ」 と檄を飛ばした。 舟へと殺到する歩兵たちを見ていて、 「もはやいくさにあらず。雑夫なり」 と長綱は嘆じた。 大勢が舟にとりついて倒そうとすると、逆に船が一斉に倒れてきて、歩兵たちを下敷きにした。 舟が斃れて露わになった武田軍の槍隊がこれまた一斉に突き出してくる。 「まずいぞ、突き崩される」 立ち往生している騎馬武者の間を縫って、武田軍の槍隊が河原を抜けて、福島軍の本陣へと迫っていた。 「陣を固めよ」 と正成が命じたとき、はるか北の方角から雲霞のごとく迫る一団が見えた。 「あれは?」 むしろ旗をかかげた農民が数百名であろうか、手に得物を持って、こちらへ向かってくる。 その先頭に、きらびやかな甲冑姿の武将が見えた。 「武田大膳太夫」 甲斐守護武田信虎である。 「大道寺殿、われら伊勢勢は引くぞ」 長綱が、北からの新手の出現を受けていうと、 「何をいわれます。今からであれば、福島勢と呼応して、十分、武田勢を迎え撃てますぞ」 大道寺八郎兵衛が難じた。 「いや、ムリだ。ここは、われらのみ引いて、来るべき福島勢の退却を援けたほうがよい」 そういって、強引に伊勢軍を竜地台まで退かせた。 その竜地台から、手にとるように福島軍が崩されていくのが見えた。 北から迫った武田軍は、信虎が先頭に立って突っ込み、それに続いた農民軍が、福島軍をかく乱した。 そこへタイミングよく河原からの武田軍の槍隊が突っ込んできて、騎馬武者を中心に押し倒していった。 「見事なり、武田信虎」 敵の采配に感心した長綱だが、すぐに、 「福島左衛門太夫殿に使い番を走らせよ。もはや引きどきとな」 と指示を与えた。 その使い番が混戦中の福島勢の本陣へ飛び込むのと入れ替わるように、福島勢は退却した。 その軍勢が、竜地台の下を通過していくと、 「弓を構えよ。それも総勢だ。敵に見えるように立て」 と命じて、台地上に伊勢軍の弓兵を並べた。 そこへ正成が上がってきた。 「伊勢殿は、なぜ、加勢なさらぬ?」 非難であったが、 「今は富田城に御引きなされよ。ここは、われらが甲斐勢を押しとどめる」 と長綱はいって引き取らせた。 竜地台の下まで、武田信虎は来たが、台地上の弓兵を見て引き揚げた。
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