第十章 白子原の敗北

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農民が尋ねた。 「飯を炊いた後、われらは何をすればよろしいのでしょう?」 野伏せりか、兵糧運びでもするのか、という問いだったが、朝成の返したものは違った。 「炊いた後は、赤塚・志村・板橋などに知り人あれば、このように吹聴してくれい。上州より斎藤越前守の吾妻勢、われらの援軍に駆けつけ、もはや入間川に達するとな」 高台の上にぎっしりと集まった扇谷兵の分担を決めた。 甲冑姿のリナも来て、高台から眺望に、 「なるほど」 と感心した後、 「雑兵を数十名借りていく」 といって裏の竹林へ去った。 「樵など樹に慣れた者たちに細工をさせる。斜面に入るように」 クヌギ、ケヤキ、スギ、ヒノキ、アカマツなどが繁る斜面へ降りていき、それらの樹に取り付き、鋸で何やらの工夫を施しているようだった。 八月二十二日の朝である。 前夜、赤塚城に一泊した伊勢九郎の福島勢は、早くも現在の東武東上線成増駅ちかくに達し、ここで、斥候から、扇谷の軍勢が、白子宿、白子陣、白子川背後の高台に布陣していることを知った。 早朝であるため、総大将上杉朝成は、まだ白子陣にいるという。 伊勢九郎は、まず全力で白子陣を急襲することにした。 現在の白子小学校に在った陣を襲うと、そこはもぬけの殻だった。 白子宿も接収したが、宿場の者の話では、すでに白子川背後の高台に移動した後とのことだった。 伊勢九郎らは、白子川正面へ回ることにした。 このとき、一千の兵力を白子宿に見せたため、その陣容が分かってしまった。 宿場からの報せを聞いたとき、 (やり方させ間違えなければ、勝てる) と朝成は確信した。 福島勢は、途中、河越往還を横断した。 そのとき、この往還の高台の背後へ至る坂道に、扇谷の重厚な陣があるのに気づいた。 「かかれ、かかれ」 伊勢九郎の命がないのに、百人ほどの兵が坂道を駆けて行った。 「あの者たちに続くな」 ととどめたが、結局、五百程が駆けてしまったらしい。 伊勢九郎は残った兵を持って、白子川正面に居たり、高台にあるであろう扇谷の陣を思った。 そこは、高い崖状と繁茂した樹木に遮られて何も見えない。 現状を把握するのは近すぎたともいえる。 (両側の道から攻めるしかない) 残る半分を往還とは反対の道に向けた。 そこもまた坂道に敵の布陣があった。 伊勢九郎は、また陽動として、斜面の雑木林にも兵を入れた。 ところが、湧き水で泥濘化した斜面に足をとられ、樹に取り付いても、追い口切りが入れられているため、すぐに倒れてしまう。 この斜面からの攻撃はあきらめて、両側の道からの攻撃に切り替えた。 伊勢九郎は、白子川沿いを走って、両方の戦況を見たが、やはり、往還側の敵陣が堅く、別の道は、道幅も狭く、敵兵も多くはない。 その方面に兵を割くことにした。 だが、往還側の敵の抵抗は強く、あわや何度も突破されそうになった。 この往還側の敵が、福島勢を崩して、白子川正面を走り、反対側の道へ回って、自軍を突けば大敗する。 よって、この往還側はどうしても守らねばならない。
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