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「皆さんおはようございます。………………今日も5分前行動を心がけましょう。」
私の会社の朝礼は部長のこの一言で終わる。
朝礼だけでなく会うたびに5分前行動を心がけましょうと言ってくる。
「うちの部長って5分前行動好きですよね。」
「それ私も思いました!」
後輩たちの話題にもちょくちょく上がってくる程に部長は5分前行動を推奨する。
正直、社会人として当たり前じゃないかとか思っていたりするが常々気をつけることは良い事だと思うので何も言わない。
ただ顔を合わせた次の一言が5分前行動なのは少し思うところがあるが。
そんなことを思ってると上司である渡辺さんがなんとも言えない顔をしていた。
「渡辺さん、どうかしましたか?」
渡辺さんは、はっとしてこちらを向いた。
「いえ、なんでもないの。…今日のお昼みんなでご飯に行きましょうよ。奢るから。」
「え!いいんですかぁ?やったー!」
「わぁ!ありがとうございます!」
渡辺さんがそんなことを言うなんて珍しい。
何かあるのかと思いつつ後輩2人と一緒に上司に甘えることにした。
お昼休憩となり私たちは渡辺さんについてレストランに来た。
注文を終えて食事がくるのを待っているとき、渡辺さんが少し躊躇いながら口を開いた。
「ねぇ、部長のことなんだけど。私がこんなこと言うのもおかしいのかもしれないんだけどね、知っておいてほしいなって思うの。
…部長、実は娘さんがいたの。」
部長は愛妻家として有名だが子供がいたという記憶はない。
「その、10年前に亡くなられてね。…交通事故で。本当なら今年27歳になるのよ。」
部長にそんな過去があったとは驚きだ。
他に子供がいないということは一人娘だろう。きっと亡くなられた時は相当辛かったのではないだろうか。
「部長、娘さんのことすごく可愛がっていて、それはもう目に入れても痛くないくらいだったの。
亡くなられた日の朝、いつも通り時間ぎりぎりに家を走りながら出ていったんだって。駅の手前の曲がり角で点滅していた信号を走って渡ろうとしたらちょうど曲がってきた車とぶつかったらしくて…。
私と部長は同期でたまに家族ぐるみで遊びに行くこともあったからお葬式に参列したの。そのとき、部長、目にいっぱい涙を浮かべてね、あと5分早ければ、あと5分早ければ…って。
……それから5分前行動を推奨するようになったのよ。」
「私と部長、もうそろそろ定年でしょ?部長が仕事を辞めて誰も5分前行動なんて言わなくなってもできればずっと覚えていて欲しいしできれば実行して欲しい…。」
私たちは何も言えなかった。
沈黙のまま少し時間がすぎた。
「失礼致します。お食事をお持ちしました。」
頼んでいた食事が来た。
「さあ!みんな、暗い顔はやめてランチにしましょう!」
渡辺さんが優しく微笑んだ。
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