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 男がそっと出ていった町。男が出た翌日、その町にゴミはひとつも落ちていなかった。  一丁目の端から五丁目の端っこまで、どの通りにも、どの公園にも、塵ひとつなかった。  朝、散歩した老人はそれに気づかなかったが、なんだか気分の良い散歩だと思った。  昼、営業回りの会社員は煙草を投げ捨てようとしたが、少し気が引けて携帯灰皿を取り出した。  夕方、学校から帰る小学生たちは、それには気づかず遊び帰っていた。ただ一人、女の子が「うわあ、おじさんきれいにしてる」と声を上げた。 「花菜ちゃん、おじさんて誰?」 「そうじ係のおじさん」 「花菜ちゃんとおんなじ?」 「ううん、わたしは教室でおじさんは西ノ浦のそうじ係」 「花菜ちゃん、変なの。遊ぼ」 「うん!」  小学生たちはゴミの落ちていない通りを笑顔で駆け回る。ゴミのない第一公園で日が暮れるまで遊んだ。  数年後、高井竜太とみられる遺体が遠くの山中で見つかった。  公的な資料や人々の記憶には、悪事を働いた男として残っている。  誰も知るよしもないが、高井竜太は満足のいく晩年を過ごした。  迷惑をかけた故郷のゴミ拾いを始め、塵ひとつない町にした。誰かの働いた金を奪うような生活保護は受けないと固執した。あぶれ者溢れる施設に入ることも拒んだ。  そして、穴を掘り、一人で土をかけた。ひっそりと死んだ。誰にも迷惑はかからなかった。  高井竜太という悪事を働いた男の、せめてものつぐないだった。  誰も、それを知らない。  男はそれで良かった。  ポケットには昔活躍した巨人の選手のカードと小さな人形が入っていた。 了
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