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 段ボールを盗むことはしなかった。  誰か出てくるまで、スーパーマーケットの搬入口でずっと待ってたんだ。冷えた指先を擦りながらしばらくすると、忙しそうな従業員が出てきた。 「……あの、すみません。あの……」  従業員の目は蔑んでたよ。ゴキブリを見る目だ。 「……は? 何?」 「そこの段ボール、三枚くらいもらっていいですか?」  頑張ったんだぜ? 年下のやつに敬語使ってよ。 「はあ? ダメダメ。よそ行ってくれ」  爪先から喉元まで熱いもんが、上がってきたさ。いつもなら、それが口から怒鳴り声となり、腕はその従業員をつまみ上げんだ。  でもよ、目に入ったんだな。左手に持った汚ねえペットボトルが。 「すみません」  頭を下げた。半分、悪いことなんかしてねえって思ってたけどよ、頭下げたんだ。 「…………こっち」  ため息混じりの声が聞こえた。振り返ると、見下すようではあるその顔が、顎で何かを指した。 「こっちの段ボールなら良いよ。持ってって」  半分な、悔しかったんだ。顎で指されてさ。でもな、半分、誇らしかったぜ。盗まずに手に入れた充実感ってやつか。段ボールごときを手に入れるのに、充実感もへったくれもあるかよ。そう思うか? そう思ってくれよ。そういうあんたは、まともってことさ。恥ずかしい話、58歳で俺はそれを知ったのさ。 「……おじさんさ」  段ボールを選んでいると、その従業員が声をかけてきた。 「それ、ペットボトルの、それ飲んでんの? 危ないよ。ちょっと待ってなよ」  はあ、とため息をつきながらも、その従業員は奥からペットボトルを持ってきた。オレンジ色のキャップがついたペットボトルは、持つと温かくて指先が和らいだ。 「そんな落ちてるもの飲んじゃダメだよ。それ飲んでさ、おじさん、頑張って働いてみなよ」  従業員はそう言い残し、踵を返した。  最後まで見下した態度だったが、温かいものをもらえた。初めて人から温かいものをもらった気がする。
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