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「それ、ゴミだよ? おじさん」
小さな女の子が、繋いでいた母親の手を離して、小汚ないホームレスの男に寄っていった。
男は、その純粋な声に振り向いたが、その後ろから血相を変えてやって来た母親の目を見て、すぐに顔を戻した。
「花菜ちゃん、ダメよ。おいで」
ダメよ……か。
男は、第一公園外周に落ちた煙草の吸殻をまた拾い集めた。
ほとんどの吸殻が、赤茶色をした透過性アスファルトの端に捨ててある。たまに、縁石の間に隠すようにねじ込まれたものもある。
男は、くだらねえなと、ひとつひとつ拾っていく。罪の意識から、少しでも目立たないように吸殻を放るのだ。普通のゴミでもそうだ。なるべく見えないように生け垣の奥に捨ててある。
こんなものは罪でもなんでもない。
人を殴って意識を失わせたことがある。老婆から金をむしりとったことがある。母親を殺したことがある。
なんと臆病な罪意識かと、微笑ましいほどだ。一方で、これほど臆病であればと、捩れた煙草を拾い上げて思う。
男は故郷に戻っていた。
家はない。
故郷にある公園を住処として汚く暮らしていた。
腹が減る。それでも、男は犯罪には手を染めなかった。ゴミ拾いをし、わずかながらその中の缶が売れる。
こうして、いつか死ぬのだ。
それでも、過去より幾分かましだ。
誰もがゴミを漁っていると思うだろうが、男はこの故郷のゴミを拾い集めることに意義を感じていた。初めて感じた人生とやらの意義だ。
「……おじさん」
後ろからさっきの声がした。
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