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 ろくな人生じゃなかった。  と、他人からは言われていただろう。  親からもそう言われたくらいだからな。母親の最期の言葉はそれだった。  どこから、ろくでもなくなったのか。  確かな記憶ではないんたけどさ、小学生で万引きした時かな。たった50円そこらのスナック菓子さ。野球選手のカードがついててよ。どうしても欲しかったんだ。  俺ん家に金なんかなかったからさ、小遣いなんてもらったことねえし。でもさ、巨人の選手のカード、欲しかったんだよ。  やっちゃいけないって、分かってたんだぜ? でもさ、同級生がカード見せ合ってよ、馬鹿にされたんだ。 「高井は貧乏だから、カード1枚も持ってない」って。  悔しくてさ、でも、母ちゃんはスナックで朝まで飲んでるからよ、50円をねだる機会もなかったんだ。  魔が差したってやつさ。  気づいたら、Tシャツの中にスナック菓子入れて両手で隠しながら走って逃げてた。息が切れるまで、遠い遠い公園へ走った。胸をドキドキさせながら、何度も辺りに首を振りながら、歯でカードの袋を噛みちぎったんだ。  神様はいるんだなって思ったぜ。  袋から巨人の選手が出てきたんだ。しかも、俺の一番好きな選手よ。もう、万引きしたとか、そんな恐れは吹き飛んでしまってさ。家までずっとカード見ながら帰ったんだ。  神様はいるんだなって思ったぜ。  あの時、神様は俺を試したんだ。  あそこで巨人の選手が出なかったら、俺の人生はどうなってたろうな。あそこで、怖くなってお店に返しに行ったらどうなってたろうな。あそこで……あの時……ああしていたら……。 「おい、高井」 「……はい」 「どうせお前はまた戻ってくるんだろ? クズ野郎。お前はまたここに戻ってここで死ぬんだろうさ」  刑務官の蔑む声を背中に、寒く暗い娑婆へ出た。  悔しさはなかった。なにせこの歳だ。働きたくとも、更正したくとも、できっこないだろう。刑務官の言葉に、そうだろうな、と、ただ思った。吹き荒ぶ冬風は雪を降らすでもなく、ただ身体を凍てつかせた。
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