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「こんな事言うと、不謹慎かもしれないけどさ、俺思うんだよ」
いつの間にか、裕也は初老の男が座る仏間に腰を下ろしていた。こんな夏の夜には、男の声はなぜか懐かしく、心地良く感じた。
「葬式ってさ、何かほっとする瞬間があるんだよな」
「ほっとする? 落ち着く、という意味ですか?」
「ちょっと違うな。何かこう、俺はまだ生きてる、生かされてるって気がしてよ」
初老の男は、余り物の一升瓶を手に取ると、近場にある湯飲みに透明な酒を注いだ。
「飲むか?」
「ええ、頂きます」
裕也は幼い頃見覚えのある湯飲みに注がれた酒を、味わいながら半分ほど口に含んだ。
「ま、俺も、勿論あんたもいつかは死んじまうんだけどな。先に死んじまった人が、最後に俺たちへ伝えてくれてる気がするんだよな」
「お前達はまだ生きている、と言う事ですか」
「そうそう、あんたもそう思うかい?」
裕也は、湯飲みに残った酒を飲み干すと、静かに座布団から腰を浮かせた。
「ちょっと、水を飲んできます」
「おお、俺はもう少しここでちびちびやってるからな」
男の話を聞き、裕也の意識はナチュラルに波紋を立てていた。死を実感し、生を実感する。コインの裏表のように存在する生と死、近くて遠い、遠くて近い。
忘れ去っていた祖母の記憶。
「死」という出来事は、そんな裕也が過去を振り返るきっかけになり得たという事実。そして、冷たくなった祖母が与えてくれる、自らに宿る「生」の実感。
裕也は、今、たまらなく祖母の死に顔が見たかった。
生温い夜風と、線香の香りが心地良い、盛夏の夜長。祖母の棺が安置された部屋のふすまに、裕也はそっと手をかけた。
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