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「あら、相川先生でしたか」
「あれ加藤さん?もう上がったんじゃなかったの?」
人の接近により気が動転したものの、入って2年目の看護師、加藤緋真であったことに心底ホッとする。他の誰かであれば、即座に同棲愛など噂を立てられる。事実無根であればまだしも今回は事実なのだから、決してバレないようにしなければならなかった。
「自販機で飲み物買おうとして近く来たら電気がついてたので」
「自販機なら外にもあるだろうに、喉でも乾いてたの?」
相川は加藤を茶化すように、冗談交じりに質問する。
「なんでもいい訳じゃないんですよー先生、ここの自販機しか売ってないソルティ昆布コーヒー買いに来たんですからっ」
「うぇっ…あの激マズコーヒーを?」
「失礼ですね、まずいとは何ですか水野先輩。塩昆布を飲み物にしてくれてるんですよ?まずい要素がありませんよ」
「お前1回脳波検査しろ、脳に異常があるに違いない。俺整形だから診てやれんが…」
「先生までひどい!めっちゃ美味しいですよっ」
相川は先程まで冗談交じりだったが、本気で彼女の味覚を心配した。彼女は元からどこかズレているところがあるのは知っているが、それにしてもその飲み物はスタッフ間では罰ゲーム用ドリンクとして有名なのだ。
まさかここまでズレていたとはと衝撃を受けた。
「冗談じゃないならぶっ飛んだ味覚だな…。」
「飛んでないですってばー…。ってあれ?そういえばなんで2人で…」
「いや、これは普通にだな…。」
怪我を診るためと嘘では無いのだから言えばいいのだが、まさか察したのかと相川と水野2人の心臓が早鐘をうつ。動揺したせいでどうにも言い訳のような口ぶりになってしまい、背中に嫌な汗が伝う。
「あー水野先輩怪我したんですか?昼間の騒ぎはそれだったんですねぇ。お大事になさってください。じゃあ、お先に失礼します。」
やはり来たのが彼女で助かった。同じことを考えていたらしい水野と相川は、加藤が立ち去っていくのを見送ると顔を見合わせ、安堵で胸をなで下ろした。
「…加藤さんで良かったですね…」
「だな」
「先生、ありがとうございました」
「ん。気をつけて帰れよ。あ、そうだ。時間掛からなかったらあとで家に行っていいか?」
「え?あ、はい!大丈夫です。でも、うち覚えてます?」
「多分ナビの履歴に残ってると思う。もし残ってなかったら連絡する。じゃ、あとでな。」
相川は水野に背を向けるとスタスタと院長室に向かう。その後ろで水野は相川の背をぼんやりと見ていた。
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