一限目 席替えの定め

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一限目 席替えの定め

 あの忌まわしきテストから数週間後、僕は今までの生活を悔い改め、日々勉強をするようになった。授業も眠らずにしっかりと受けるようにしている。  なんだか少し賢くなったようだ。  次のテストはきっと平均点は超えるだろう。  そんな日常を過ごしているが、ここのところ一つニュースがあった。  数多の生徒が経験するであろう一大イベント。  毎日の授業がマンネリ化した頃に近くの顔触れを変えることで教師陣が生徒のやる気を搾り出し学習を促す。  いわゆる「席替え」が、僕のクラスでも執り行われた。  「席替え」は、公平公正でなければならない。そして、どのような結果になったとしてもそれに不平不満を口にしてはならない。  口にしたものは例外なく廊下の突き当たりにあるたまに怒号が響く教室に連れて行かれる。  現に一人連れて行かれた。  もちろん僕は賢いので、そういった教師に楯突くようなことはしない方が良いことを知っている。  結果を受け入れた。 ⋯⋯受け入れたかった。  僕は心優しき人間であるからどんな「人」であってもそれなりに仲良くしていこうと思っていた。  しかし、隣に来たのは「獣人」であった。 差別をしようとは微塵にも思っておらず、実際仲良くしたいと心から思っている。  だが、僕は入学してから一度も彼が他の人と親しそうに話しているのを聞いたことがない。  声も自己紹介の時に聞いたかどうか怪しい。その頃の僕は高校生活を舐めていたため自己紹介中は寝ていた。  ただ、僕の母が言うことには、何故か人の両親から狼のような赤ちゃんが生まれたのだと言う。  理科が好きな僕としては何故そうなったのかとても気になった。  そして、彼は男であった。  もしも女子であれば寡黙な彼女に声をかけてあわよくばお近づきになって遊園地などで遊んだりしたいものだが運命というのは残酷で男だ。  だがしかし僕がタラシと思われるのも尺に触るので男女問わず会話はする。  「席替え」は数十分前に行われたのだが、その時の会話を紹介しよう。  「えーと、31番の席は⋯⋯ここだ。 君が隣か、これからよろしくね!」  僕が世の中で勉強の次に得意な愛想笑いで話しかける。  これで大抵の一般人は僕を信用するのだ。 「⋯⋯よろしく」 彼は顔をこちらに向けないままただ一言言葉を発した。 「ねえ、なんか好きなものある?」  自己紹介の鉄板ネタ。「趣向調べ」。  互いに趣向を知っておくことでそこから円滑なコミュニケーションへの糸口を見出すのに持ってこいな話術。  彼の中の私の第一印象はとても良い好青年となっていることだろう。 「⋯⋯肉」 彼はポツリとつぶやいた。 「そっかー、肉が好きなんだ!僕は唐揚げが好きだよ!君は何が好きなの?」  好きなものを深く知ることでさらなるコミュニケーションをとる。  正直相手が肉の何が好きなのかはどうでも良いがこれから先世話にならないとも限らないので人間関係を広くしておく。  いざとなった時にきっと助けになってくれることを信じて今は踏ん張る時なのである。 「⋯⋯いちいち無理して会話続けんな。なんかうざい」  鬱陶しそうな声が聞こえた気がした。 「うんうん、君は肉じゃがが好きな・・・・・・え?」  なんと言うことだ、僕とのコミュニケーションを遮断しやが⋯⋯遮断した。 「うざい」  これは仲良い間柄でちょっとしたじゃれあいをしているときなら全く問題ない言葉。  しかし、ほぼ赤の他人である人に言われるとなると話は別。 「うざい」を古文に直すと「いぶせし」だろうか。  鬱陶しいことや不快であることを示す。  そんなことがあって、僕は少々彼のが苦手になったのである。  キーンコーンカーンコーン  今回も例外ではなく、いつも寝ている彼はノートを取ることもないまま授業を終えてしまった。  僕のように直す気はないのだろうか。  人間関係が薄っぺらく狭そうな彼はノートが書けずテストの点数は散々なはずである。 現に僕がそうだった。  これは僕が教えてあげなければいけなさそうだ。そしたら僕の好きな鯛焼きを奢らせよう。  次のテストが楽しみだ。
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