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放課後 コーヒーブレイク
結局叱られてしまったのでチキンフライを奢ることは無くなったものの僕は鯛焼きにはありつけないだろう。明日は学校がお休みでなおかつ学校に行く予定もない。
となると次にありつけるのは月曜日。
——ただ行かないよりは行く後悔。
ということで走って鯛焼き専門店に向かうことにした。
どうか、残っていて欲しい。そんな思いで走り続けた。
「すみません!ストロベリーチョコ鯛焼きって残ってますか!」
本気で走ってきたので息が上がる。
「すみません、先ほどのお客様で売り切れとなってしまいました」
ああ、やっぱりダメだったか、とそんな思いで戻ろうとした時。
僕の目はストロベリーチョコ鯛焼きを見逃さなかった。
そして持っているのは隣の席の奴だった。
「ちょっと待って!ねえ、チキンフライ奢るからその鯛焼きくれない?」
「⋯⋯は?いや、いいけど」
引かれたような気もしたがなんとか手に入れることができた。
噴水の音が心地いい。駅の近くにある公園のベンチに腰掛けながら鯛焼きを頬張る。
外で食べるとどんなものも美味しくなる気がする。
もう少しかっこよくいうのなら、
「外は魔法のスパイスだね」だろうか。
今度もしもデートに行くことになったのならこれを言おう。
「おい、何ニマニマしてんだ気持ち悪いぞ」
おっと、顔に出ていたようだ。
それにしても、こいつは授業もまともに受けてないのに成績がいいのだろうか。
「そういえばさ、どうして授業中いっつも寝てるのに成績がいいの?カンニングしてる?」
「あ?ただ夜に勉強してるだけだよ。
この体質だとどうも夜行性みたいでな、昼は寝ちまうんだ」
へぇ、大変なんだなぁと思いつつ同時に一人で勉強しているのを聞いてすごいなぁとも思った。
「でも運動もできるんだからいいよねー⋯⋯。僕はスポーツ苦手だからさ。僕も君みたいになりたいよ」
昔からインドア派で家の中で勉強やゲームばかりしていた弊害か、今ではすっかり運動音痴になってしまった。
もしも過去に戻れるなら昔の自分に喝を入れたい。
「⋯⋯この見た目じゃ完璧じゃねぇと生きていけないんだよ」
⋯⋯え。
張り詰めたような空気が流れる。鉛玉を十粒飲み込んだように息苦しい。
「さっきの店員の顔見てたか?ただ買い物するだけで好奇の目を向けられて後ろ指刺されんだぞ?もしこれで欠点があったらそこを叩かれて終わりなんだよ」
元々なぜこの姿なのかは明らかになっていないらしい。
両親はどちらも彼とはまったく似ても似つかない風貌のようで、突然変異の説も出ているとか。
いつの日か、テレビの取材が来ていた気もする。
「だから、完璧じゃなきゃダメなんだ。
せめて誰にも迷惑かけないように、不快にさせないように生きて一人で死ぬんだよ」
「へ、へえ」
「⋯⋯もう帰る」
スッと立ち上がるとスタスタと公園を出て行こうとする。
「ちょっと待ってよ!」
勢いで手を掴んだ。
「は? 離せよ。どうせ気持ち悪いとか思ってんだろ? 分かってんだよ!」
手を払われる。
なんかムカついたので頬を両手で軽く引っ張った。
「僕は、別に君のことなんとも思ってないから。でも、今日は⋯⋯英語の教科書とか、色々とありがとう。⋯⋯また明日」
水が流れる音が響き渡っていた。
駅のホームで電車を待つ。この瞬間も色々な方向から視線の矢が刺さる。
やはり、周りからの目というのは不快だ。
幼い頃から向けられた目は冷たいものだけだった。
キモい、醜い、こっちに来ないで。どれも言われ慣れた。
けれども、今日はなにも考えてないようなアホな目が一つ向けられたような気がする。
缶コーヒーを自販機で買う。電車がちょうど来たので乗りながら飲もう。
ガタンゴトンと心地いい電車に揺られながらコーヒーを飲む。ふと、先程の会話が脳裏に浮かんだ。
敵意を持たずに頬をつねられて言われた言葉。
「⋯⋯また明日って言ってたけど、今日金曜日だよな」
クスリと笑ってしまった声が、電車に響いてなければいいのだが。
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