♯3 空虚な睥睨

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♯3 空虚な睥睨

「もっともらしくのたまいやがって。本当に俺が満足いくような話なんだろうな?」  私は心の底で軽蔑していた。自ら依頼しているにも関わらずこの図々しい態度にである。下品で無遠慮でそして吝嗇ぶりにはほとほと嫌気がさす。が、そんなそぶりはおくびにも出さない。 「私のこの商売が紹介制で今までずっと継続していることがなによりの証拠です」 彼は再び口元を微かに緩めると「それもそうだな」とスラックスのポケットから茶封筒を取り出し、テーブルの上へと無造作に放った。その拍子に茶封筒の口から札束が顔を見せる。私は札束の枚数を丁寧に数え、内ポケットにしまった。そして契約書にサインをもらう。 「さあ、早くしろ」  そこで私は両腕を組むと、静かに話し始めた。男の目は先程よりも輝いている。  夜は深々と更けてゆく。店内は昼間のランチタイムの喧噪を忘れたように時折、厨房から食器の音が聞こえてくるだけである。私はいつものように淡々とした口調で物語を綴るが、それとは対照的に目の前の男は目をギラつかせるばかりであった。  これは異常な性癖と言っていい。人の不幸を求め、それを糧とし、喰らい生きているのだ。悪趣味と片付けられる問題でもないだろう。 だが、そんな人間のおぞましさや汚らわしさに惑わされはしない。ただ、実話を忠実に語ることに集中する。これは映画や小説のような創作ではない。綺麗事もない、生臭い現実を吐き出すだけだ。  一時間程が過ぎ、ようやく物語がクライマックスを迎えると私は冷めたコーヒーを口に運んだ。 「その話、本当の話なのか?」男は粘りっこい口調で聞いてくる。 「何度も申し上げますが、私は事実しか話しません。嘘だと思うならそれでも結構です。ただ、あなたの欲求は満たされたのではないですか」 「確かにな。いい酒の肴になる。高い買い物ではあったが、お前みたいな卑小な人間に恵んでやったと思えば愉快なもんだ」 男は私を一瞥すると再びくすくすと息を漏らし、やがて哄笑した。そして席を立ち私を見下ろす。 「あんたいろんな意味で、クズだな」 そう吐き捨てると、男は店を後にした。 続く
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