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「……ほんとに来たのか」
ヤドリギに到着したのは、午後二時半を回った頃だった。
昨日、みのりが電話でアポイントメントを取った際に、ランチタイムとディナータイムの間ならば多少の時間も取られるかもしれないと言われたためだ。
木目の美しいアンティークドアを開ければ、コーヒーの芳醇な香りに出迎えられたが、今のみのりにはそれを堪能する余裕はなかった。
「本日はお忙しいところ、お時間をくださりありがとうございます。私、丸印出版企画営業部の西富と申します」
みのりがそう言って頭を下げればヤドリギの店主──高谷(たかや)は、「ふん」と鼻を鳴らして目を細めた。
「会うのは初めてだよな。前の担当者には遠い昔に会ったことがあるけど、新しい担当に変わるって連絡が来て以降、それっきりだったし」
早速、痛いところをチクリと突かれた。
これこそ、みのりが部長のお説教に反論できなかった一番の理由だ。
前担当者だったみのりの元上司は、引き継ぎもほとんどせずに自己都合退職してしまったため、当時はバタバタしていて、契約店舗に直接挨拶に来る時間が取れなかった。
それでもいつか、どこかのタイミングで、担当が変わった件についてと新担当として、直接ご挨拶に伺わなければいけないと考えていた。
けれど、『長くうちに広告を出してくれているお店』という安心感からくる甘えによって、みのりはその後も直接挨拶に来ることを怠り、先延ばしにしていたのだ。
(本当なら何よりも優先してやらなきゃいけないことだったのに……)
その結果が今だ。
ある日突然、『広告掲載をやめる』という連絡が来て、泡を食った。
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