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「これって、ジャムですか? もしかしてこのお店は、ジャム専門店とか?」
ウォールシェルフに並んでいた瓶のひとつを手に取りながら、みのりが尋ねた。
瓶にはひとつひとつラベルがついていて、手に持った瓶には【Strawberry(ストロベリー)】と書かれている。
「最近はパンブームもあって、ジャム専門店も増えましたよね。でも、このあたりにもこんなに素敵なお店があったなんて知りませんでした」
そう言うとみのりは、人懐っこい笑みを浮かべた。
みのりが担当しているグルメ情報誌、【おいしいシルシ】では、これまで何度か湘南特集をしたことがあるが、このお店を紹介したことはない。
ということはもしかしたら、フジミ青果は最近オープンしたばかりの新しいお店なのかもしれない。
外観からはまさかこんなに素敵なお店だなんてわからないし、まだあまり周知されていないお店なのかも。
「外観は老舗の八百屋さんと見せて、中にはいると実はジャム専門店っていうギャップを狙った感じですか?」
「ハハッ。そんな狙いなんかないですよ。外観が古いままなのは……まぁ、俺がそのままにしておきたいって気持ちがあるだけで。それと、この店に野菜も果物も置いてないのは、単に俺が野菜が嫌いだからってだけです」
「え?」
思いもよらない男の返答に、みのりはつい目を丸くした。
「子供の頃から苦手だったんですよ。野菜だけじゃなく果物も、あんまり得意じゃなくて。だからこの店には野菜も果物も置いてないんです。ガキみたいな理由でしょう?」
そう言うと男は、いたずらっ子のように口角を上げて笑った。
八百屋なのに、自分が野菜嫌いだから野菜を売らない。
(たしかに、まるで子供のワガママみたいな理由……)
と、考えたみのりが返事に困っていると、男はフッと口元を緩めて足を踏み出し、たった今みのりが手にしたものと同じ真っ赤な瓶を手に取った。
「それと、これはジャムではなくコンフィチュールです。つまり、うちはコンフィチュール専門店ってこと」
「……コンフィチュール専門店?」
「そう。コンフィチュールはジャムと間違われることも多いんですが、実際はジャムとは似て非なるものなんですよ」
男の言葉に、みのりはキョトンとしながら改めて手の中の瓶を見つめた。
コンフィチュール……名前だけは聞いたことがあるけど、それが具体的にどんなものかということまでは知らなかった。
「コンフィチュールは食材を保存することを目的としたもので、ジャムはぎっしり詰め込むという意味を持ったものなんです」
「そう……なんですね?」
「そう。作り方も、ジャムとコンフィチュールでは微妙に違うんです。ほら、よく見ると、コンフィチュールは果実の形がジャムに比べて随分残ってるでしょう?」
「あ……確かに。これはちゃんと、苺の形が残ってますね」
言われてまじまじと、瓶の中身を見たみのりは男の言葉に頷いた。
男の言うとおり、瓶の中にはゴロゴロとした苺の果実が入っている。
対してみのりがよく知るジャムは、もっと果物が溶けてゼリー状になっているものだ。
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