雨宿りには苺を添えて

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  「ほら、こっち。……きて」  イケメンに誘うように手招きされて、またみのりの心臓がトクンと跳ねる。 (さっきから無自覚なのか作戦なのか、ときどき敬語じゃなくなるのが、いちいちドキドキしちゃうんだけど……)  心の中でそんなことを思いながらも恐る恐る足を前に踏み出したら、心拍数が更に上がった。 「試食するのは、この苺のコンフィチュールでいい?」 「は、はいっ! 苺、大好きです!」  だけどもう、ここまできたらなるようになれだ。  咄嗟に叫んで背筋を伸ばせば、男はまたクスクスと面白そうに笑った。 「大好きならよかった。ちなみに俺は、苺もあんまり好きじゃない」 「えっ」 「だって、なんかブツブツしてて美味しくないじゃん」  キュポンッ! 男の八百屋らしからぬ言葉を耳にした瞬間、瓶を開けたとき特有の気持ちの良い音が、店内に響いた。  続いて、苺の甘い香りがフワァっと漂い、みのりは思わず両目を閉じて深呼吸する。 (うわぁ……)  スーーーッと鼻から息を大きく吸い込めば、それだけで気分が高揚した。 「めちゃくちゃ良い香りですね……。なんだか、子供の頃に行ったことがある……あ、いちご狩りのハウスの中にいるみたい」  うっとりとしながら頬をゆるめたみのりを見て、男はまた小さく笑った。 「……本当に面白いな」 「へ?」 「いや、なんでも。バゲットは少し焼いたほうが、もっと美味しく食べられたかもしれないけど……。今からお待たせするのは酷だろうから、今回は略式ってことで」  そう言うと男は、小皿にスライスされたバゲットを一枚載せた。  そして、たった今開けたばかりの瓶に銀色のスプーンを差し入れると、慣れた手つきでゴロッとした苺を器用にすくい上げる。 (わ……っ)  スプーンの上で、苺がルビーのようにキラキラと輝いていた。  ツヤッツヤの、とろっとろで、見るからに美味しいそうだ。  それをバゲットの上に載せた男は小皿を手に取り、みのりの前に差し出した。 「はい、どうぞ。苺のコンフィチュールです」 「あ……ありがとうございます」  男から小皿を受け取ったみのりは、ゴクリと喉を大きく慣らして改めてじっくりと苺を眺めた。  なんて、ジューシーな見た目だろう。  そうだ、色は縁日の屋台のりんご飴に似ている。  下のバゲットには苺の濃い果汁が染み込んで、見ているだけで食欲をそそられる。
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