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「いただきます!」
たまり兼ねたみのりはバゲットを掴むと、自分の口の前まで持ってきた。
苺の甘くて爽やかな香りがたまらない。
我慢できずにハムッと一口で苺の果肉がのった部分を頬張れば、思わず口から言葉にならない声が漏れた。
「んん〜〜〜っ」
口に入れた瞬間、苺からジュワっとあふれ出した果汁が口いっぱいに広がり、舌の上で溶けていく。
苺独特の、プチン、プチン、と弾けるような果肉感もしっかりあって、噛めば噛むほど口の中が苺の旨味で満たされた。
これはまさに、ほっぺが落ちてしまいそうな味。
苺の宝石箱や〜〜〜!!
「しあわせ……」
大粒の苺はあっという間に、バケットと一緒に喉の奥に消えていった。
なんとも言えない幸せな余韻に浸りながら、みのりは男が用意してくれた苺のコンフィチュールがのったバケットをあっという間に食べ終えた。
「なんていうか、想像していたよりずっとジューシーで、でもジャムみたいに甘ったるくなくて、すごく上品な甘さなのに心が満たされるというか……」
すごく美味しかった。
とにかく、最高に美味しくて、美味しすぎて、感動した。
だけどそれを、上手く表現できない自分の語彙力のなさが恨めしい。
「んん〜〜ん。なんて言ったらいいかわからないんですけど、でもとにかくなんて言うか、こうただただ美味しくて──」
「わかるよ」
「……え?」
「言いたいこと、わかる。ジャムにはジャムの良さがあるけど、コンフィチュールは果肉がしっかり残っている分、素材そのものの味も楽しめるし、何より今は"苺を食べた!"って感じがして、不思議と心が満たされた……みたいな感じだろ?」
男の言葉にみのりがハッとして目を瞬かせれば、男はみのりの顔を覗き込むようにしてイタズラに笑った。
「俺も初めてコンフィチュールを食べたときに、同じように思ったんだ。素材の味そのものは残っているのに、ちゃんと別物になってるって。不思議だよな。野菜と果物が苦手な俺でもこれなら食べやすい、すごく美味しい。え、なんか面白いな……って思ったんだよ」
そう言うと男は、これまでとは打って変わって子供のように無邪気な笑顔を浮かべてみせた。
そして不意にまつ毛を伏せると、どこか遠くを見つめるように目を細める。
男の視線の先には、蓋が空いた苺のコンフィチュールがあった。
茶色がかった瞳はなにかを懐かしんでいるような、それでいて何故かとても寂しそうにも見えて──みのりの胸の鼓動が不穏を知らせるようにトクンと鳴った。
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