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「あ、あの。だから、つまり──」
「……亮二(りょうじ)」
「へ?」
「俺の名前、亮二っていうんです。店員さんって言われるの違和感あるし……。名前で呼んでもらったほうがいいかな、と」
思いもよらない言葉に顔を上げたみのりは、顔を赤く染めたままで男──亮二を見つめた。
そんなみのりを前に、亮二はとても穏やかな笑みを浮かべている。
今度こそ、どこか寂しげに見えたのは幻かと思うほどに"普通"で、みのりは思わずホッと胸を撫で下ろした。
「ほ、本当に、名前でお呼びしてもいいんでしょうか?」
「もちろん。っていうか、ここに来る新規のお客さん以外のほとんどは、俺のこと名前で呼んでるから」
亮二は当たり前のことのように言うが、みのりは胸の奥をくすぐられたみたいな気持ちになって、亮二を真っすぐに見られなかった。
「わ、わかりました。そしたら……お言葉に甘えて、亮二さんって呼ばせていただきます」
「……うん」
「あ……そうだ。えっと、このお店にある商品は、フジミ青果さんが作ってるんですか?」
みのりが尋ねると、亮二は自身の腰に手を添えながら頷いた。
「ええ、そうです。っていうか今は一応、店主をやってる俺がひとりで作って、ひとりで売ってます」
「えっ⁉ 亮二さんが⁉」
「はい。とはいえ俺の本業は別にあるので、週末くらいしか開けない不定期営業なんですけどね」
言いながら亮二は、空になった皿を手に取り、それをカウンターの端に置いた。
そして、そばの引き出しからウエットティッシュを一枚取り出すと、みのりに向かって「どうぞ」と差し出す。
「な、なにからなにまで、ありがとうございます」
「いえいえ、美味しく食べてもらえてよかったです」
当然、手を拭いたあとのウエットティッシュも亮二が回収してくれた。
(なんか……芸能人ばりのイケメンに、こんなにもいたれりつくせりされるなんて、このあと酷いバチでも当たらないよね?)
なんて、ついつい馬鹿なことを考えたみのりは、蓋の空いたコンフィチュールを片付ける亮二を眺めながら──。
本当に今更ながら、"ある現実"を思い出して、カッ!と大きく両目を見開いた。
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