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「これ、持ってけ」
と、ひとりで考え込んでいたみのりに亮二が手渡したのは透明のビニール傘と、小さな紙袋だった。
「これ……って、」
「さっきお前が食べた苺のコンフィチュールの残りだ。あと……傘は、別に返さなくていいから」
亮二は、気まずそうにみのりから目を逸らす。
みのりは一瞬、それらを受け取るべきか悩んだが、地面を叩きつけるような雨音を聞いてしまい、結局お言葉に甘えることにした。
「……なにからなにまで、本当にすみません。ありがとうございました」
傘と紙袋を受け取って、もう一度ペコリと頭を下げた。
そしてオーニングテントの下で傘を広げて足早に店を出ると、教えてもらった駅までの道のりを小走りで急ぐ。
けれどその途中で足を止め、ふと、後ろを振り返った。
──フジミ青果店。
ぼんやりと漏れる明かりは、やっぱりどこか温かい。
(野菜嫌いの店主がやってる、野菜も果物もない八百屋さん……)
その実態は八百屋ではなく、コンフィチュール専門店だった。
考えてみたら、お店も亮二とよく似ている。
八百屋と見せかけて、コンフィチュール専門店。
優しいイケメンと見せかけて、実は手厳しい悪魔だった亮二──。
「……なんてね」
グッと傘の柄を持つ手に力を込めたみのりは自嘲すると、未だに口の中に残る苺の甘さを感じながら、再び駅に向かって歩き出した。
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