雨宿りには苺を添えて

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   社会人二年目。丸印出版の企画営業部に所属しているみのりは、ノルマに追われる日々を送っていた。  今、担当しているのは【おいしいシルシ】というグルメ情報誌だ。  みのりは湘南エリアの営業担当をしており、今日は朝から藤沢地区を中心に飛び込み営業を行っていた。  おいしいシルシは関東圏ではそこそこ人気がある情報誌で、その名の通りおいしい食べ物や、おいしいお店を紹介している。  毎月十日刊行で、買い手のほとんどが若い女性というのが特徴だった。  載っている写真もターゲット層に受けの良い、いわゆる"映える"ものでまとめられていて、クオリティの高さが業界内でも評価されている。  ただし情報誌というやつは、ただ『評判の良い雑誌』というだけでは成立しないのだ。  広告料という利益があって初めて、情報誌として成り立ち、世の書店やコンビニエンスストアなどに並ぶことができる。  結局、世の中は金だ。利益がなければ情報誌は作れないし、オシャレなお店や食べ物も載せられない──というのは前出の(薄ハゲ)部長の言葉である。  そして、その広告料を支払ってくれる相手を探すのが、みのりをはじめとした企画営業部の仕事だった。  企画営業部の人間には毎月厳しいノルマが課されており、達成できなければ部内で肩身の狭い思いをする。 「もう辞めたい……」  つぶやかれた弱音は、地面を殴りつけるように降る雨音にかき消された。  先月も、先々月もみのりはノルマを達成できず、肩身の狭い思いをした張本人だ。  だから、今月こそはという思いがあった。  それなのに現実は甘くはなく、今日は午前中に二軒、飛び込み営業をして断られた。  どちらのお店も『こんなご時世に広告費なんて支払っている余裕はないよ!』と、企画書すら受け取ってもらえずに門前払いだ。  更に昨日、長年広告を出してくれていた老舗店から、『今後、お宅に広告を出すのは止める』という連絡があったこともみのりを追い詰めた。 「午後はもう、雨に濡れた子犬作戦で行くしかないかな……」  言葉の通り、ずぶ濡れ状態で相手先を訪ね、弱った姿を見せて同情を誘い、営業をかける作戦だ。  研修中、これは奥の手だぞ、なんて部長に聞かされたときには悪い冗談だと心の中で笑ったけれど、生憎冗談とも言いきれないと気がついたのは、【営業ノルマ】の厳しさを思い知ってからだった。
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