雨宿りには苺を添えて

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  △ 前のページへ 『しあわせコンフィチュール』〜野菜嫌いの店主がいる八百屋〜【完】   「少し……少しだけここで休んだら、またがんばれる」  言い聞かせるようにつぶやいたみのりは、手に持っていた携帯電話を鞄にしまった。  頬を伝う冷たい水は雨粒なのか、涙なのか──。  確かめてしまったら、きっと今すぐここから逃げ出したくなって、二度と戻ってこられなくなるだろう。 「──え、」  と、そのとき。突然、ガチャリという無機質な音がみのりの鼓膜を揺らした。  弾けるように振り向けば、背後にあった古びた鈍色のシャッターがガラガラと音を立てて開かれる。 「……あれ?」  現れたのは、みのりよりも頭ひとつ半ほど背の高い男だった。  ふたりは互いに目を見合わせて、数秒間固まった。 「すみません、お待たせしちゃいましたか」  沈黙を破ったのは、男の穏やかな声と笑顔だった。  ──ドキン、とみのりの胸が鳴ったのは、男の整いすぎた容姿と耳に心地の良い声音のせいに違いない。 (す、すごいイケメン出てきた……)  みのりはまるで壊れた置き時計のように呆然と、男に見惚れた。  清潔感のある黒髪短髪と、均整のとれた目元に細く筋の通った鼻。  シャープな顎のラインに、一見、軽薄そうにも見える薄い唇の下には小さなほくろがあり、異常なほど色っぽかった。  落ち着いた雰囲気はいかにも大人の男といった風だが、肌は健康的な小麦色だ。  イケメンは白シャツに黒のチノパン、デッキシューズに黒い腰巻きエプロンというシンプルな出で立ちでも映えるのだと感心する。 (このエプロン、なんていうんだっけ。あ……そうだ、確かソムリエエプロンだっけか) 「そのままでは風邪を引きますね。とりあえず中に入って、商品を見ながらお待ちください」 「え……?」 「今、タオルを持ってきますから」  と、男が不意にそう言って、やわらかく目を細めた。  そして男は、みのりの返事を待たずに踵を返すと、店の奥へと消えてしまった。 (中に入って商品を見ながら待てって……あっ!)  間違いない。みのりは店の客だと勘違いされたのだ。  男の姿が見えなくなって、ようやく我に返ったみのりの気は急いたが、勝手に店を出て行くのも失礼な気がして足踏みをした。  
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