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「え……ちょっと待って、ここ、八百屋じゃないの?」
みのりは慌ててもう一度店の外に出ると、オーニングテントの下から顔を出した。
(あ。やっぱり、フジミ青果って看板が出てる)
ここに駆け込んできたときには雨を避けることに必死で俯いていたため気が付かなかったが、年季の入った薄汚れた看板が、二階の窓とオーニングテントの間についていた。
ということは、間違いなくここは八百屋だ。でも、どういうわけか店内には野菜も果物も並んでいない。
更に、古めかしい外観とは正反対のスタイリッシュな内装は、昔ながらの八百屋というよりは今どきのオシャレなカフェを思わせた。
(なんか……よくわからないお店かも)
田舎のおばあちゃんの家に遊びに来たのに、中に入ったら都内のマンションの一室だったみたいな違和感がある。
それなのに嫌な感じはせず、どこか懐かしさを覚えてしまう不思議な温かさのあるお店だった。
と、みのりが首をひねっていたら、先ほどの男が店の奥の引き戸を開けて戻ってきた。
「お待たせしました。これ、使ってください」
「え……あっ!」
手渡されたのは、肌触りのよい白いバスタオルだった。
無機質な蛍光灯の明かりの下では、白が一層眩しく見える。
「そのバスタオル、今タグを切ってきたばかりのおろしたてで、一度も使ってないものだから安心してください」
「え、えっと……」
「雨に降られたんでしょう? 軽く払うだけでも、濡れているところは拭いたほうがいいですよ」
そこまで言われて、目をパチクリさせたみのりは改めて、自分の成りを俯瞰(ふかん)した。
ここへ来て真っ先に社用の携帯電話が無事か確認したが、まずは濡れた身体を拭くべきだった。
「す、すみませんっ。こんな格好でお店の中に入ったら、床を汚してしまいますよね……!」
いい大人なのにそんなことにも気が付かず、恥ずかしい。
すでに店の敷居をまたいだあとで何を言っても遅い気がしたが、髪から水滴を落としながら店内に入るなんて思慮不足にもほどがあった。
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