雨宿りには苺を添えて

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  「タオル、ありがとうございます。実は今日、ハンカチを忘れてきてしまって……。すごく助かります。拭いたらすぐに出ていきますから」 「あ、いえいえ。そんなことは気にしないでください。っていうか、店の中で待っててって言ったのは自分ですから」 「でも……」 「むしろ自分が店をもう少し早く開けていたら良かったんですよ。気づかなくって、すみませんでした。でも、朝方に日よけだけは出しておいてよかったです。うちは日よけが出てると店が開いてる日だっていう、お知らせの一種にしてるんですよ」  男はそう言うと、ニッと八重歯を見せて笑った。 (イケメンなのに気遣いもできて優しいとか最強か) 「すみません、本当にありがとうございます……」  そして男は恐縮しながら身体を拭き始めたみのりからごく自然に視線を外すと、そばにあったアイアンの傘立てを外に出した。  そんな男の一連の動作を、みのりはドキドキしながら目で追った。  大きな背中に、広い肩幅。  シャツの上からでもわかるくらいに身体が引き締まっているところを見ると、何かスポーツでもやっているのかもしれない。 「お客様は、ここにいらっしゃるのは初めてですよね。今日は、ご希望とかありますか?」 「え……っ、あ……」  マズイ、どうしよう。  不意打ちの質問に、みのりは一瞬、嘘をついて客のフリをするべきか迷った。  けれどすぐにそれは無謀なことだと気がついて、咄嗟に視線を足元に落として黙り込む。 (私、ここがなんのお店なのか知らないもんね……) 「お客様?」 「す、すみません。実は今日は道に迷って、その途中で雨に降られて……。そしたら偶然このお店のテントが出ているのが見えたものだから、雨宿りをさせていただいたんです」  身体を拭き終えたあとのタオルを胸の前でギュッと掴みながら、みのりは事実をありのままに伝えた。  自分が客ではなかったと知ったら男は嫌な顔をするかもしれない。  けれど男は予想に反して、あっけらかんとした口調でみのりの不安を一蹴した。 「ああ、そうだったんですね。このあたりは地元のタクシー運転手でも、慣れてない人は迷子になったりするんですよ」 「そう……なんですか?」 「ええ。一方通行が多い上に、狭い道ばかりですから。でも、あなたのお役に立てたなら尚更、朝に日よけを出しておいてよかった」  男の言葉と朗らかな笑顔に、今度こそわかりやすく、みのりの心臓がドキンと跳ねた。  もちろん、男は店員として、真っ当な対応をしているだけに過ぎない。  しかし、いかんせんイケメンがすぎるせいで必要以上に胸にくる。 (イケメンは正義だわ……)  おひとり様には贅沢すぎるご褒美だ。仕事で荒んでいた心まで、浄化されていくような気がした。
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