ちいさな向日葵

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 大学に入って2年目の夏休み。もう大人になるかならないかという歳になって、俺は神隠しに遭った。    父の仕事の都合で両親と幼い弟たちは北海道に住んでおり、俺は生まれ故郷で一人暮らし。しかし、近所には幼馴染もいた上に頻繁に家族とは連絡を取っているので別段寂しくはなかった。  幼馴染はどこか不思議な男だった。何故か向日葵は大輪のものよりも小さなものの方が好きだった幼馴染。物心ついた頃から、俺と一緒にいた幼馴染。普段の彼は友人たちの前でも非常に知的な雰囲気を纏わせており、実際に学校内での成績も常に最上位に位置していた。しかし、プライベートなどで俺と二人きりになると、途端に幼子みたく無邪気な笑顔を見せていた。といっても、何処か遊びに行くときはいつも俺から誘っていたが。それでも俺が他の誰かに用事を頼まれると物凄く拗ねる、そんな奴だった。ある時に喧嘩して、暫く顔を合わせなかった時期があった。彼は一週間後、有り得ない程に衰弱した様子で、泣きながら俺に謝ってきた。俺はそれを見て大泣きし、付きっきりで看病した。  彼は気づけばいつも俺のことを見つめてた。何度か、待ち合わせしていてふと横を向いたら、いつの間にか彼が隣にいて俺の方をじいっと見ている時があった。家の近くの公園で昼寝をしていて、目が覚めて最初に見たのが彼のドアップだった、なんてこともあった。そんなことが十数年もの間ずっと日常茶飯事だったお陰で、俺は人の視線には他より機敏になっていた。  幼馴染はいつも、ただ俺のことを傍で見ているだけで幸せなんだと言っていた。そして、確かに彼はその通りのように見えた。周りからは彼の俺に対する距離感がおかしいとやや忠告気味に言われていた。俺にもその自覚はあったが、件の彼の方は無かったようで、彼らの言にいつも首を傾げていた。  そんな俺たちが別々の大学に通うことが決まった。お互いに、第一志望の大学に受かったのだ。彼は俺が大学合格したときに、まるで自分の事のように祝福したが、同時に今までで一番大泣きした。入学の日が近づく程、喧嘩した時の事を思い出して彼の事が心配になった。  心配は現実となった。最初は大学入学から一ヶ月後。新歓ムーブが落ち着き、漸く授業に慣れてきた頃に一度、幼馴染の母親と連絡を取って、彼女から彼の様子を聞いてみた。喧嘩したとき程急激な体調悪化は無いが、少しずつ元気がなくなりだしたと答えられた。  更にそれから約三か月後。今度は彼の母親の方から連絡が来た。彼女は泣きながら、兎に角夏休みの間に一度彼に会いに来て欲しいと頼んできた。大学の夏休みは課題が無く、サークルも夏休みは殆ど活動しないタイプのものに加入していて兎に角暇だったので寧ろ願ったりかなったりだし、俺としても幼馴染に会いたかったので二つ返事で承諾した。  久しぶりに見た幼馴染の姿は、想像以上に惨いものだった。特に痩せこけた腕は文字通り骨と皮だけで出来ているようなものだった。美しかった顔も目の下にクマが出来て酷いありさまで、碌に眠れてもいないのだろうと一目で分かった。俺が彼に見つめられていると気づいて、彼の方を振り向いたとき、彼はその痩せ細った腕からは考えられない位の強い力で、目から涙をぽつぽつぽつぽつと流しながら俺を抱きしめてきた。それからは定期的に、近場のカフェなどで幼馴染に会う日を作ることにした。しかし、彼の体調悪化を抑え切ることは出来ず、幼馴染はその年の冬に酷い熱を出して倒れて入院。更に彼が退院した直後に今度は俺がサークル活動中に大けがを負って入院するなど不運が重なり、結局次の年の夏休みまで会えないままでいた。  そしてその年の夏休みに入って、珍しく彼から電話が着たのだ。電話越しに久々に聞いた彼の声は、嬉しそうだが大学入学前よりと比べて今にも消え入りそうな程に弱っていた。二週間後、俺たちは県内の大型ショッピングモールへ来ていた。まだ朝なのに既に日光が肌を焼き始めていた出入り口付近。半年以上ぶりの幼馴染は、想定していたよりもずっと元気な姿で俺を抱きしめてきたので安心した。    強い日差しを遮るのは立ち並ぶ店の屋根の下か、店内かのどちらかしかない。普段来ることのない場所に来れた喜びからか、俺の手を引いて駆ける幼馴染に着いて行く内に、水分補給にと持ってきていたスポーツドリンクは直ぐに空になった。アウトレットと言えば服飾店がその割合の大半を占めていたが俺はお洒落などに無頓着な性分で、涼む為に来たので商品には大した興味を持てずにいた。そうしてぶらぶらとエアコンの風が直接当たる場所を求めて店内を彷徨っていたら、突然幼馴染が後ろに俺に帽子を被せて、「やっぱり似合う」とにっこり笑ってくるので、思わずつられて笑う。そうしたら今度は俺が彼に適当な帽子を被せて、鏡で帽子を被った自分の姿を観た幼馴染とまた楽しそうに笑う。結局、それぞれお互いに被せ合った帽子だけは買った。  その後も小洒落た雑貨屋で色々と面白そうな便利グッズを眺めたり、ぶらりと入った蕎麦屋で昼食を摂ったり。午後は、あるおもちゃの専門店に足を運んで、遊んでいた頃を懐かしみながら、最近のおもちゃは凄いと話し、大型の雑貨店で外国のお菓子を見てその食べ物にしては些か鮮やか過ぎる色や、日本の倍以上はあるキャンディーの味に幼馴染共々興味津々だった。  俺達のアウトレットパークでの過ごし方自体は、凡そ一般的なものだった筈だ。それでいて、俺も彼も、両者共存分に楽しんでいた。
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